11日(月)、中国の全国人民代表大会(全人代)が閉幕した。
5日の全人代開幕のとき、李強首相が中国政府の活動報告を行った。中国の政治家は演説をするとき、聞き取りやすいようゆっくり明瞭に話すため、中国語を勉強している人間にとっては聞き取りやすくていい。とはいえ、全人代開幕時の首相報告は1時間以上あるのが普通なので、全部聞いていられないのだが。今回、李強首相はこれまでより短い50分ほどの報告だったという。
また、全人代閉幕後はいつも首相が会見するのが恒例になっていたが、今年は実施されなかった。今回から、よほど特別な事情がないかぎり行わないという方針が全人代開幕前から発表されていた。
数少ない中国政府の体外説明の場をなくしたわけだ。中国政府の会見は事前に質問するメディアとその内容が決められている出来レースが多いが、それでも李強首相のような軽薄そうなタイプは口を滑らせることがある。そのリスクをなくすのが目的なのだろう。
今回の全人代では、今まで以上に習近平の独裁体制がより強まったのが目についた。国務院組織法が改正され、国務院(中国政府)が中国共産党の従属機関であることが法的に示された。普通の国は、政党に所属する、もしくは政党に無所属であっても国会議員が集まって政府を構成するわけだが、中国は一番上に中国共産党があり、その下に政府がある。政府のトップが里強首相で、中国共産党のトップが習近平国家主席だ。つまり、習近平が務める国家主席が中国のトップであると法律で明確にされたわけだ。
この改正で、中国人民銀行(中央銀行)の総裁が国務院のメンバーになったため、中国の中央銀行は共産党の下の中国政府のさらに下という位置づけになった。
習近平は国内政治はもちろん、外交、安全保障、経済、金融、すべての分野を指導する立場となり、独裁国家の基盤固めがさらに進んだ。
かつて、鄧小平が毛沢東の独裁政治を反省し、絶対的指導者の独裁国家とならないよう国務院組織法などが作られたはずなのに、自身の毛沢東化を進める習近平がそれをなかったことにしてしまった。
ついでに中国は、全人代の前に保守国家秘密法を改正している。5月1日から施行される法律で、早い話が国家機密を守るために中国人のみならず外国人も厳しく監視し、中国人の公務員であっても辞めたあともずっと機密保持の対象になるからななどというものだ。
【安全保障貿易情報センター】中華人民共和国保守国家秘密法の改正について (2024/02/28)
産経新聞の記者だった福島香織が習近平独裁体制を強化するもので、中国では市場調査すら不可能になるのではないかと解説していた。中国の法律は曖昧なものが多く、恣意的運用が可能だ。この法律でも「工作機密」なるものの定義が不明だ。日本語でいうと「業務機密」ということだが、国家機密ほどの重要機密ではないものの、公開することで当局の仕事に影響を与えたり損害をもたらす情報ということになっている。
こんな規定だったとしたら、「損害が出た」と言われればどんなものでも漏洩してはならない業務上の機密になってしまう。
反スパイ法でも同じだが、基本的に中国国内で人民や外国人を取り締まる法律は恣意的運用されるため、逮捕理由が分からない。普通の法治国家ではあり得ないが、反スパイ法違反では裁判も非公開となるため、外部からは裁かれている人がなんの罪で捕まり、なにで有罪になったのか分からない。
これが激ヤバなのは誰にでも分かると思う。中国で普通に仕事をしていただけの日本人が捕まり、反スパイ法違反で有罪になり、10年以上刑務所に入れられるというケースが増えてきた。
今後はそれがより一層厳しくなると予想される。
これがあるから中国でなんか仕事をするもんじゃない。仕事で中国の半導体工場や液晶モニタ工場に行ったが、そういう仕事だと私のような末端の人間でもどうなるか分からない。
普段、半導体工場などのクリーンルームに入る場合、作業服を着て工場に出入りするが、中国では会社から作業服の着用が禁止されていた。中国では作業服を着ているような工場の工員に見える外国人は違法労働者と見なされやすく、それが日本人であっても警察に連行されて取り調べを受けることがよくある。
そうなるとめちゃくちゃ面倒なことになり、スマホにある写真やメモ帳にある日本語のメモの説明を全部させられたりする。中国語が話せないとより最悪なことになるのは容易に想像できるだろう。何日も出られず、留置場で数日過ごすなんてことになる。
中国から外国企業やその従業員が多く引き上げているというニュースがあるが、当然だろう。これまでは大したことなかったが、ここ数年は中国で仕事をするリスクがかなり高まった。違法行為など一切していないのに、リスクを負いながら仕事なんか誰だってしたくない。
昨年、小島瑠璃子が中国の芸能界デビューを見据えて中国の大学に留学すると発表して、「正気か」と耳を疑ってしまった。日本でそれなりに売れているのだから、中国で芸能活動なんかする必要がないのに、わざわざ制限だらけの中国に行くなんて、正気とは思えない。
普通のサラリーマンなら中国赴任なんぞ嫌がるが、自分から行くなんてどうかしている。
2年前のエントリで、「乘風破浪」という中国の人気オーディション番組で、私が好きな台湾人歌手の王心凌が優勝した際、番組の最終回で総合順位が発表される前日に、中国のSNSに「只有一個中国」(中国はひとつだけ)という投稿をした。それまで政治発言とは縁遠かったのに、優勝発表直前に、台湾本島が中国の国という文字の点としてデザインされた標語を投稿したのだ。
ひとつの中国への不安 (2022/08/07)
明らかに優勝のための踏み絵である。総合優勝したおかげで、王心凌は中国で大ブレイクし、それ以来中国で頻繁にコンサートを開催している。それまで、CD発売に台湾でサイン会と握手会をしていた芸能人だったのに、雲の上の存在になってしまった。
今年開催の「乘風破浪」のシーズン5に、前田敦子が出場すると週刊文春が報じていた。AKB48のメンバーとして、中国で少しだけ知られている前田敦子にオファーがあったらしい。
「乘風破浪」のオーディションなんて出来レースであるので、招待された前田敦子は最後の方まで残るかも知れない。そして、王心凌と同じように政治発言させられるに違いない。
それを危惧していたら、今度は週刊ポストが「中国進出が経ち消えになった」と報じていた。文春報道が中国でも出回り、AKB48時代に靖国神社の桜フェスティバルでライブをしていたことや、自衛隊の広報誌に登場していたことが問題視され、番組に抗議が多く寄せられた結果、出演がキャンセルになったという。
一般人でも芸能人でも、仕事であっても観光であっても、もはや中国は渡航先にそぐわない国になった。いつ捕まるか分からないし、なにをやれと言われるか分からない。
なんの自由もなく、ありとあらゆることが秘密である国が中国で、外国人にとっては滞在するのが危険な国でしかない。
君子危うきに近寄らずというだろう。少しでも知恵があれば、できるだけ中国の滞在は避けた方がいい。