先っちょマンブログ

20170720-1

蓮舫の戸籍開示会見を受け、小林よしのりが自身のブログで蓮舫を絶賛していた。

【小林よしのりオフィシャルwebサイト】蓮舫代表の記者会見に感動した (7/19)

蓮舫の二重国籍問題は、蓮舫が台湾籍と日本国籍の重国籍者であったことが取り沙汰されたわけで、日本国籍とどこ国籍の重国籍なのかは問題ではない。しかし、小林よしのりは蓮舫の父親は台湾の本省人であることから「元日本人」だとして、「産経新聞や、劣化保守どもは、台湾人の、しかも本省人(元日本人)を排外的に扱うなんて、信じられない馬鹿だ」と述べている。
台湾籍なら問題なくて、朝鮮籍や韓国籍なら問題あると言いたそうな内容だが、「父親が親日国である台湾の本省人だからいいじゃないか」という考えはおかしくないだろうか。

蓮舫が問題にされていたのは、国籍法で定められている国籍選択を行わずに30年近く放置していたことであり、蓮舫がかつて台湾籍だったから問題にされているわけではない。

小林よしのりは「戦争論」を描いた頃から極端な反米になり、アメリカに擦り寄る日本の保守政治家、保守論壇を「ポチ」だの「エセ保守」などと罵り、自身こそが真の保守だと自認するようになった。当然、安倍首相や自民党にも批判的で、民進党の保守系議員を高く評価している。
保守をこじらせると、その他大勢の保守と同じになりたくないと考えるようになり、自分こそが"真の保守"だと思い込むようになるのだろう。まあ別に間違いではないが。

その自称・真の保守たる小林よしのりが台湾人の本省人や外省人に強くこだわり、本省人は「元日本人」だからなんでも許したい気持ちは分かるのだが、コイツが台湾の現状をどれほど知っているのかは甚だ疑問だ。
小林よしのりは「本省人だから、国民党に好感を持つわけがない」とブログに書いているが、だとしたら本省人が多い台湾で前とその前の総統に国民党の馬英九が選ばれたり、国民党が議会で多数派になったのはなんなのか。

小林よしのりの「台湾論」では、元々台湾にいた本省人は親日でいい人、国共内戦で敗れて大陸から渡ってきた外省人は反日で悪い人と一括りにしている。蓮舫やその父親には当てはまるかも知れないが、この単純なレッテル貼りは現在ではかなり古い考えのように思える。

「台湾論」が出版されたのは今から17年も前の話だ。李登輝が普通選挙で総統として初めて選出されるなど、台湾が民主化されたのが1996年。小林よしのりが見た台湾はそれから3~4年しか経っていない台湾だ。民主化から20年経った今の台湾では様子は随分変わっている。
外省人がみな反日なんてウソだ。本省人よりは反日の割合は多いだろうが、それでも外省人でありながら親日の人も多いし、外省人の親日芸能人もいる。韓国と違って、外省人であっても親日を口にしても問題にならない。
それとは逆に、本省人でありながら反日、日本嫌いも多くいる。

また、外省人に国民党支持者は多いが、かといって中国と統一したいと全員が思っているわけでもない。外省人でありながら、大陸の中国人を見下す台湾人も多い。
今の台湾では本省人、外省人という線引きが曖昧になりつつあり、特に1990年代生まれ以降の若い世代は本省人とか外省人とか気にしない人が多くなっている。「外省人だから○○」という考えが当てはまらない人が台湾に増えてきた。

そんな台湾で、本省人だからどうとか、外省人だからどうという考えを持つこと自体が古くなりつつある。小林よしのりは多忙だろうから、最近の台湾の現状など知っているわけがなく、20年くらい前のイメージで語るのは仕方がないのかも知れないが、こういう人が「台湾人、特に本省人を排外的に扱うな」などと時代遅れの主張をしていることはナンセンスであり、滑稽に思えてならない。

話は分かるが、小林よしのりのブログでも触れられているように、「愛日家」を名乗る台湾人の蔡焜燦さんが亡くなった。司馬遼太郎の「台湾紀行」で「老台北」として登場する人物だ。
この人の話をニュースで読んでいて、嫁さんが5年くらい前に台北で出会った老人のことを思い出した。

乾物などの問屋街で知られる迪化街で嫁さんと友人がガイドブックの地図を広げてアレコレ調べていたところ、地元の老人が声をかけてきた。「あなたたちは日本人でしょう。ガイドブックを見てるからすぐに分かる。行きたいところがあるなら案内しますよ」と流暢な日本語で話しかけてきた。
嫁さんが「日本語お上手ですね」と言ったところ、「私は日本人になり損ねた台湾人で、日本人が好きで、日本人になりたかった」と話をしていたという。
連れて行ってもらった店では、店の人に「お客さんを連れてきたんだから、サービスしてあげて」と話していたという。「自分はここらへんで顔が利くんだ」と嫁さんらに説明したそうだ。

そんなことを嫁さんが台湾旅行から帰ってきたときに印象的だったと語っていたことを思い出し、今現在、同じ友人とまた台湾旅行に行っている嫁さんに「迪化街のお爺さんに似た人が亡くなったそうやで」とニュースを伝えた。すると嫁さんが「私が見たお爺さんと似てるなぁ」などと言う。迪化街のような下町の台湾人の年寄りはラフな、悪く言えば小汚い格好の人が多いが、迪化街を案内してくれた白髪の老人は襟なしシャツとジャケットを着ていて、身なりがきちっとしているからよく覚えていたという。
実際、その老人が蔡焜燦さん本人なのか、似たような感じの人なのかは今になっては知る由もない。ただ、日本語を話し、日本を愛してくれた老人が少なくなっているのも、今の台湾の現状である。

20170719-1

私は昔からなぜか名前だけの芸名がキライで、今もそうだ。優香とかMEGUMIとか梨花とか絢香とか女の芸能人に多いが、男にもヒロシなんて芸人もいる。その芸能人がキライというより、下の名前だけ名乗っているのがアホみたいに見えるからだ。イチローも最初はそう思った。

GLAYのTERUとかピンクレディーのミーとケイなどもそうだが、なにかの団体に所属している人物は「○○の△△」となることが多いので、そっちはあまり気にならない。

今話題の蓮舫は、台湾の政治家の連戦みたいに蓮が姓で名が舫かと思っていたが、生まれたときは謝蓮舫、1985年に日本国籍を取得したときは斉藤蓮舫、今は村田蓮舫が本名なのだという。
政治家は本名以外で広く通用している通称がある場合、立候補の届け出のときに通称使用の申請をすることで選挙で通称を使用することができるそうだ。

稲田朋美や高市早苗が「朋美」とか「早苗」という名前の通称使用が許されるのか分からないが、仮にできたとして、やっぱりアホみたいに見えてしまう。蓮舫は日本人にはない名前なので、蓮舫に慣れてしまうと違和感がないが、朋美、早苗、珠代と同じだと思うと違和感しかない。
それでも蓮舫は自身の出自を強く示す中華風の名前にこだわりがあるから、日本国籍取得時も蓮舫という名前をそのまま残したのであろう。

その蓮舫であるが、昨日夕方に記者会見を開き、戸籍謄本の一部などを公表して二重国籍を解消した旨の発表を行った。
やはり予想されたとおり、昨年9月に蓮舫の二重国籍問題が挙がったときは二重国籍状態で、昨年10月7日に日本国籍の選択を行ったという状態だった。台湾籍に誇りを持っていた蓮舫だから、台湾籍を捨てる踏ん切りがつかなかったのかも知れない。

以前のエントリで書いたように、国会議員の要件として重国籍は禁止事項ではない。しかし、国籍法が定めるところによると、蓮舫は22歳までに日本国籍か台湾籍かの国籍の選択をする義務があったが、蓮舫はそれを30年近く怠っており、その間違法状態が続いていた。
国籍法の定めでは重国籍者が他国の公務員に就くなどした場合や、法務大臣が書面で国籍選択の催告行って1か月以内に日本国籍を選択しなかった場合に日本国籍を剥奪される可能性があるが、蓮舫はそのどちらでもない。特に罰則もなく、国籍選択の義務を怠ったというそしりを受けるだけになる。

蓮舫は「故意に手続きを行ったわけではないから問題ではない」と言う。まあ確かにそうかも知れないが、だとしたら交通事故を起こしても「故意ではないから問題ではない」と言えるような気がする。わざとじゃなくても法律に抵触することなど山ほどあり、それらの責任は本人にあるのは間違いない。

蓮舫は自分が戸籍謄本の一部を開示して二重国籍を解消したことに胸を張っているようだ。それで十分説明責任を果たしたと考えているようで、自分に倣って安倍首相も加計学園問題で説明責任を果たせと主張している。
国籍の選択を行ったかどうかは戸籍謄本以外で証明のしようがない。蓮舫は二重国籍ではない証拠を示したというより、日本国籍を昨年10月に選択したことを示しただけだ。
加計学園の問題で安倍首相に問題ないことを証明しろと言う前に、安倍首相がグウの音も出なくなる証拠を問い詰める側が出せばいい。問題の本質として二重国籍問題と加計学園問題は異なる。

蓮舫が国籍法に違反していないことを示すには、戸籍謄本に記載されている国籍選択日を示すしか方法がなかった。しかし、これに関して「戸籍を示して出自を明らかにさせるなど、差別にほかならない」などと息巻いている人がいる。
台湾と日本のハーフで、二重国籍だったから差別されて戸籍を示せと言われているわけではないのに、なぜかそういう話になっている。蓮舫自身も「私で最後にして貰いたい」と被害者モードだった。
自分で勝手に公開しておいて、なぜこうなるのか。疑いを晴らすためには戸籍謄本を公開する以外あり得ないが、だとするとこれを批判している人たちは、これまで散々ウソをついてきた蓮舫の言い分を無条件に信じるか、この二重国籍の件を追求してはいけないとでもいうのだろうか。

蓮舫やその支援者たちは目の付けどころがよかった。違法状態を続けたうえに、有権者に虚偽情報を伝えていた二重国籍問題に差別問題を被せて逆に追求することで、元の問題を薄めようとしている。
差別問題が出てくると、途端に面倒臭い話になる。差別問題には誰も関わり合いたくないから、口をつぐんでしまう。有田芳生がまったく無関係の部落差別問題を引き合いに出してきたのも、面倒臭さを演出するためなのだろう。

なんでも差別の問題にするのは簡単でいい。人権意識が高まり、差別問題がクローズアップされると、差別はあらゆることがらへの免罪符となった。あらゆることが差別問題に繋がり、差別があるせいで問題が起きたことにすればすべて解決する。自分の問題であっても、背景に差別があったことにすれば自分の問題ではなくなり、差別があるという社会の問題になってしまう。

かなり昔の話だが、私が勤める会社で、ある大学の研究室から推薦で採用面接を受けた学生が最終面接で落とされるということがあった。
会社と繋がりのあるらしい研究室で、毎年学生を取ってきたのだが、気まぐれな社長がなぜかその年の学生を最終面接で落としてしまった。普通はそのような推薦を受けた学生は落とさないし、最終面接なら尚更だ。
しかも悪いことに、その学生が在日韓国人だったから問題が起こった。落とされたことに憤った学生が、大学に戻ってから「自分が在日だから落とされた」と言い出し、訴えるだなんだと騒いだ。
だが残念なことに、その当時の会社の社長は中国から帰化した元中国人だった。学生が「日本人が在日韓国人を差別した」と騒いだが、正確には「中国で生まれ育った元中国人の日本人が最終面接で在日の学生を落とした」だった。
まったく的外れな差別問題で、単に変わり者だった社長がなにかを気に入らなくて学生を落としただけだった。学生の怒りはもっともだが、悪いのは土壇場で不採用にしてしまう社長と、そう思わせた学生本人にある。
しかし、学生は自分になにか問題があったわけではなく、差別されて落とされたとずっと思っていることだろう。差別を持ち出せば、個人の問題をすべて解決してくれる。

二重国籍問題で、蓮舫があのような会見を開かざるを得なくなったのは、日本社会にはびこる外国人差別があったと思っておけばいい。真摯に反省して次に活かされるよりも、差別のせいだと思って貰った方がなにかと都合がいい。
悪いのは日本の社会で、蓮舫はその被害者。一生そう思っておけばいい。

20170718-1

日本では昔から「水と安全はタダ」と言われている。実際どちらも正確にはタダではないのだが、まあタダみたいなもんである。

日本の上水道はどこもそのまま飲用可であることがほとんどだ。日本の水は軟水で、浄水場でキレイにされているから飲んでも腹を壊すことがない。
かつて大阪市内の水道水はまずくて飲めないと言われたが、今ではペットボトルに詰めて売れるくらいにまでなっている。西原理恵子が大阪の水なんか飲めるかと発言し、大阪市水道局と対決して水道水の味が区別できずに負けたなんてこともあった。

水道水が飲める国というのは、世界にあまりない。国土交通省が発表している「日本の水資源」によると、日本の他、フィンランド、スウェーデン、アイスランド、アイルランド、ドイツ、オーストリア、クロアチア、スロベニア、UAE、南アフリカ、モザンビーク、レソト、オーストラリア、ニュージーランドだそうだ。スウェーデンはストックホルム、オーストラリアはシドニーのみになっている。

ただ、これらの国と日本が違うのは、日本では飲食店に行けば水がタダで出てくるが、海外ではそうではない。水道水が飲めない国ならなおさらだ。
私がよく行く台湾では、店によってはお茶のサーバーが置いてあって、セルフで取って飲めることがある。ただ、熱いお茶であることが多い。中華圏では未だに冷たいお茶や水を飲まない人が多いからだろう。だから、どこに行くにもペットボトルの水が欠かせない。
だからだろうか、ホテルに泊まればペットボトルの水が貰える。部屋の掃除のあと、ペットボトルの水を補充してくれる。その水で部屋に置いてあるお茶やコーヒーを飲めということだろうか。

子供の頃からずっと家の水道をひねって出てくる水、公園や学校の水飲み場の水をタダで飲んでいると、それのありがたさが分かりにくくなる。日本人は、タダで水が飲めることをもっと感謝した方がいいように思う。

砂漠に囲まれ、常に水不足に悩まされている国は多い。国土交通省が水道水が飲める国として挙げるUAEのそのひとつだ。
水はないけどカネはあるUAEは、カネにものを言わせる方法で水不足の解消を図ろうとしている。今後四半世紀続くとされる中東の水不足に備え、南極の氷山をUAEまで持ってくる計画を立てているという。早くて来年にも南極の氷山の牽引を開始し、1年かけてUAEまで運ぶのだという。
一般的な氷山から750億リットルの水が取れ、その水でUAE国民の半年分の水を賄えるという。

このプロジェクトにいくらかかるのか知らないが、氷山から取った水の浄水設備も準備しており、かなりカネがかかることは想像に難くない。うなるほどカネがあるUAEだからなせる業であり、アフリカの貧しい国ではムリだろう。
そうまでして、UAEは水を欲しているのだ。水がどれだけ貴重なのかがよく分かる。

石油も水も似たような値段で売られていると昔からよく言われている。ガソリン1リットルが120円だとして、コンビニで水を買えば500ミリリットルが100円くらいするから、水の方が高い。スーパーで2リットル入りを買えば水の方が安いが、中東から持ってきた重油を精製してガソリンスタンドまで運んだガソリンと、日本のどこかの山で汲んだ水を浄水処理してペットボトルに詰め、小売店まで運んだ水が同じくらいの価格だと思うと感慨深い。
水はタダだと思いがちだが、買ってみると意外と高い。

水1リットルと石油1リットルでは水の方が圧倒的に価値が低いわけだが、水の価値はゼロではなく、本当はもっと高い。日本ではミネラルウォーターが買えなくても水道水が飲めるので「まあいいか」くらいだが、よその国では飲んだり料理に使うために飲める水が必要になる。
日本では水源地を中国の得体の知れない企業に買われることが多くなっているが、もったいない話だ。日本の土地を外国人に買い占められること自体どうかと思うが、水源地だろうがなんだろうが置かないなしなのは問題だ。
実際、中国企業が水源地を買ったところで、過剰摂取されてほかの水源に影響が出たり、水質汚濁が出た場所が多いわけでもないが、そのうちそういうことが問題になることが増えてくるかも知れない。今は日本からの輸送コストなどが高すぎて商売にならないかも知れないが、中国でも水不足が深刻化しており、今後どうなるかは分からない。

日本人が普段何気なく水道から出している水も、世界のほかの国から見れば羨むようなことであったりする。そのありがたさを理解し、外国企業にホイホイと日本の水源を譲ってやるようなお人好しであってはならない。
かつては石油を巡って人間が戦争をしていたが、テクノロジーの発達とともに石油の重要性が低くなってきた。しかし人間が必要としている以上、水の重要性は変わらない。そのうち、水を巡って戦争が起こるかも知れないなどと言われている。
日本にはなんの資源もないなどと言っている場合ではない。日本には、水という資源がたくさんある。

このページのトップヘ