20170810-1

昨年1月、「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音とベッキーが起こしたゲス不倫騒動以降、芸能界も政界も不倫報道の嵐で、あっちを向けば不倫、こっちを向けば不倫、見た渡す限り不倫だらけだ。
胸焼けするくらいの不倫報道が繰り返されるなか、テレビのコメンテーターなんぞは毎度毎度不倫をした芸能人や政治家に対して怒り、説教を垂れている。

不倫は民法で不貞行為とされているだけで、刑法で定められた犯罪ではない。当事者と配偶者、その家族の問題であって、本来は他人からすればどうでもいいことだ。
ただ、人というのは他人のどうでもいいことほど首を突っ込みたがる。「あそこの旦那さん、浮気してるらしいわよ」とか「あそこの旦那さん、ギャンブル中毒らしいわよ」という近所の噂話に興味を持つように、多くの人が芸能人や政治家の不倫も知りたがる。

昨日発売の女性セブンが、上原多香子と阿部力のダブル不倫を報じていた。これはただのダブル不倫ではなく、3年前に自殺した上原の夫であるET-KINGのTENNが、妻の不倫を知っていたことを遺書に綴っていた。さらに、TENNのスマートフォンには、自分が子供を作れない体であることをよそに、浮気をしている上原多香子が阿部力との子供を欲しがっているやりとりをしているLINEの画面を写真に撮って保存していたことも明らかになった。
自殺したTENNの心情は非常に興味深く、こういうのは知りたくなってしまう。
夫が自殺と関係ありそうな上原多香子の不倫は興味深いが、ほかのほとんどの不倫は本当にどうでもいい。

妻の南果歩ががんの闘病をしている最中に海外で不倫した渡辺謙は常識のある人間の尺度からするとクソ野郎であるが、芸能人なんてそんなもんだろう。モテるのだから浮気したくなる。
売れない頃から芸人の妻として支えてきて、胃がんを克服する際にも尽力したはずの妻を裏切った宮迫博之は逆・渡辺謙みたいなもんだが、芸人もそんなもんだろう。女は芸の肥やし。

女性にモテる人気者で、キレイな女性と接する機会が多く、カネも持ってる男が浮気するのは当然のように思える。
私は女性にモテないし、女性と接する機会もあまりなく、カネも持ってないから浮気なんてできそうにないが、全部持っていたら浮気するかも知れない。しないと断言できる男などいるだろうか。

それなのに、浮気報道があった人物にいちいち目くじら立てて説教するヤツがいる。そういうのは、女か、モテないブサメンか、オリエンタルラジオの中田敦彦のようにキャラ付けで噛みつきまくる腐れ芸人かのどれかだろう。
コイツらが、浮気報道があった芸能人や政治家と同じ立場で浮気するのかしないのかは知らないが、いちいち他人のことで説教を垂れる意味がわからない。
「お子さんの気持ちを考えてみれば」などともっともらしいことを言うが、余計なお世話である。

オリエンタルラジオの中田敦彦に至っては、事務所の先輩である宮迫博之の浮気について「笑いで済ませられる時代でもないし、済ませられるレベルではない」とし、「(闘病を支えた奥様に対して)しっかり説明する義務がある」などと語っていた。
宮迫が週刊文春の突撃取材をなんとか誤魔化そうとしていたことを批判し、奥さんを含め、説明する義務があると主張していたが、説明する義務など1ミリもない。宮迫の家族の問題であって、それをなぜ赤の他人に説明せねばならないのか。

不倫をバラされた人たちは、芸能人であっても政治家であっても、マスコミのカメラの前で国民に向かって謝罪をする。赤の他人に向かってなにを謝罪しているのか。いや、そうではなく、マスコミはなぜ赤の他人に対して謝罪をさせようとするのか。
当の本人たちも、「なぜ謝罪せねばならないのか」と思っているに違いない。

どうも、最近の日本の風潮として、なにか悪いことをした人物をマスコミが袋叩きにして、見せしめで謝罪をさせるというのがある。
不倫という他人からすればどうでもいいことを理由に叩きまくり、謝罪させ、仕事を奪うなどしてその人の人生をメチャクチャにしないと気が済まない人が多いようだ。
それを代行しているのがマスコミで、まるで必殺仕事人のように気に入らない人たちをお仕置きしている。

マスコミのお仕事を見て、人々は溜飲を下げ、今日も元気ハツラツ生きていける。それこそゲスの極みであり、鬼畜の所業のように思えてならない。
ゲス不倫という言葉は、行われた不倫がゲスというよりも、不倫の覗き見して、なんの関係もないのに罰したがるゲスのことを表している言葉なのかも知れない。