20170913-1

Amazonのプライムビデオで見ていた「グッド・ワイフ」というアメリカの法廷ドラマが9月23日のプライムビデオの入れ替えで無料視聴の対象でなくなるらしく、焦っている。焦っているというか、諦めの境地だ。
シーズン7まで出ていて、現在シーズン4の途中まで見た。シーズン4まで吹替版があってそちらを見ていて、シーズン5以降は字幕で見ようと思っていたのに、再度プライムビデオに登録されない限り見る機会が失われそうだ。

「グッド・ワイフ」を見始めた頃はあまり面白くないかもと思っていたが、登場人物のキャラが立つようになって面白くなってきたところだった。
アメリカの司法制度についても、ぼんやりとしか分かっていなかったが、いろいろ詳しくなった。

主人公はシカゴの大手弁護士事務所の女弁護士で、刑事や民事の裁判で弁護人を務めるが、ときに米軍の軍法会議で弁護を行うこともある。これまで見た話のなかで、軍法会議に関係する話が2回あった。
1回は中東で無人機によるミサイル攻撃の任務に当たっていた女性兵士がミサイルの誤射により多くの民間人を殺害してしまったことの罪を問われた軍法会議。もう1回は、弁護士資格を持つ女性下士官がアフガニスタン赴任中に民間軍事会社に属する傭兵から性的暴行を受けそうになり、民間軍事会社を訴えた民事裁判だった。

前者は日頃から女性差別をしていた上官がミサイル誤射に関わっていたと弁護したが女性兵士は有罪判決を受けた。後者は、証拠不十分として性的暴行の訴えを軍法会議が受理せず、民事で訴訟を起こして傭兵に罪を認めさせ、民間軍事会社から慰謝料を取ろうとして訴訟を起こしたもので、傭兵の罪は認めさせたものの、性的暴行があった10分前に移動のために軍の任務を解かれて軍の指揮下になったことを理由に民間軍事会社の責任は問われなかった。

いずれも、軍法会議の難しさや特殊過ぎる軍隊の決まりについて思い知らされるような内容だった。

軍隊の世界は一般社会とは大きく異なる。一般社会とは違う決まりがあり、一般常識を軍隊に持ち込むことはできない。だから軍法会議というものが存在する。軍隊の決まりで軍人を裁くのだ。
これについて先月、産経新聞で特集を組んでいた。

【産経ニュース】憲法76条の壁・軍法会議なき自衛隊(上) ”素人”裁判 国防が「殺人罪」 一般法廷 軍事的知識なく…「これでは戦えない」 (8/22)
【産経ニュース】憲法76条の壁・軍法会議なき自衛隊(中) 守れぬ規律と情報 有事の敵前逃亡「懲役7年」の実力組織 (8/23)
【産経ニュース】憲法76条の壁・軍法会議なき自衛隊(下) 議論タブー視 政治動かず 石破茂氏「大臣のときにやっておけば…」 (8/24)

日本には軍法会議(軍事法廷)が存在しないため、自衛官に規則に背くような行為があった場合、軍法会議ではなく一般の法廷で裁かれることになる。軍法会議は軍人を厳しく裁く一方で、一般には理解しがたい特殊な状況下での行為から軍人を守るという働きもする。北朝鮮の不審船との抗戦やPKOで軍人が殺人罪に問われ、一般法廷で裁かれたら堪ったもんじゃなかろう。

また、軍法会議がないために、カンボジアで自衛官が起こした交通死亡事故では自衛官がなんら罪に問われることはなかった。自衛官は国連を通じてカンボジアと結んだ地位協定によって現地の法律での裁判を免除されている一方、日本の道路交通法では国外規定がないために交通事故で現地人を事故死させた自衛官は自衛隊内で注意や減給処分されるにとどまった。
日本とアメリカは地位協定を結んでおり、米兵は日本の法律で裁けないが、米兵が駐留先の日本で犯した罪は軍法会議で裁かれるわけで、大きく違う。

記事では、軍法会議など特別裁判の設置を認めない憲法76条第2項の問題だとした。自衛隊は軍隊ではなく、さらに軍法会議がないため、いろいろな問題が起きるのは誰の目にも明らかだ。
自衛官は敵前逃亡しても、重要機密事項を外国のスパイに漏らしても、軽微な罪にしか問われない。普通の国ならば重罪に問われ、死刑になる可能性もあるケースだ。

自民党の改憲推進本部が議論を再開し、改憲草案が来月にも出てくると見られている。
そのなかの一番の争点が自衛隊の扱いだ。日本国憲法では9条第1項で戦争放棄、第2項で戦力不保持を謳っているが、どう考えても自衛隊は第2項に違反している。石破茂元幹事長は第2項の改正を唱え、安倍首相は現在の条文は維持しつつ、自衛隊の存在を第3項として追記する穏当な案を支持している。

どちらにしても、このままでは自衛隊は軍隊ではないままとなり、憲法76条も改正されずに軍法会議などの特別裁判もできそうにない。

自衛隊が軍になり、軍法会議を開けるようになったところで、弁護士資格を持つ人間が軍隊に入り、通常任務をこなしつつ軍法会議の弁護人や検察官を務めたり、裁判官になったりする必要があるわけだが、果たして弁護士資格を取って軍隊に入ろうと思う人が出てくるのか。あるいは軍人のなかから司法試験合格者を出せるのかなど、いろいろ問題がありそうだ。

ドイツなど一部の国では軍法会議がなく、軍隊のための特別な軍法をもって一般法廷で軍人を裁くようだが、日本がそれに倣うにしても、結局は自衛隊が軍隊にならなければ話にならない。

ほんの少し前まで、改憲の話をするだけで人非人のようにバッシングにあったが、今では改憲するのは当たり前で、なにを変えるかという議論まで進んでいる。歓迎すべき状況だが、重要な改憲議論は概ね9条と自衛隊にまつわるものだ。
まずはお試しで憲法改正してみて、後世でがっつり変えるという先送りをしても、結局お試しだけで終わってしまう気がしてならない。

自民党には9条に関して全部変えるくらいの勢いでやって貰いたいが、あまり期待できそうにない。国民投票のことを考えると、踏み込んだ改正案が出せないのは仕方のないことかも知れない。
自衛隊に関する憲法改正案を国民投票にかけたとして、それが反対多数で否決されたら目も当てられない。

だが、このままでは自衛隊はずっと中途半端なままだし、日本の安全保障についても中途半端なままになりそうだ。本当に国のことを考えるのであれば、そんなことでいいとは思えない。
安全保障について不感症ではなく、ちゃんと議論ができる国民であれば、政治家も改憲案で現状の問題を先送りせずに大きい賭けに出ることができるのかも知れないが、そんな期待はできそうもない。
戦争がいいか悪いかという二択でしか考えることができないバカな国民ばかりの国では、軍隊を持ち、普通の国になることなど夢のまた夢なのだろう。