20180110-1

プロレスラーにはベビーフェイス(善玉)とヒール(悪玉)という役回りがある。悪役のヒールがいて、正義の味方であるベビーフェイスが対抗するのが基本的な流れになる。
アメリカのWWEほどの決まりきったシナリオやストーリー性がない日本のプロレスであっても、大体善と悪の抗争の構図は変わらない。

ヒールのレスラーだからといって本当に悪いわけではない。新日本プロレスのヒールレスラーである真壁刀義がよくテレビに出ているが、ほとんどヒール感はない。昔のヒールレスラーはもっと悪そうな感じを出していたが、最近はそうではなくなってきている。
悪役になりきろうとしても、なりきれないヒールレスラーも多い。

蝶野正洋が新日本プロレスに所属していた時代に武藤敬司らとnWo JAPANという悪役軍団を結成した。のちに分裂してTEAM 2000というグループを結成し、武藤率いるnWoとヒール同士で抗争を繰り広げた。
蝶野と武藤は新日の同期であるが、年上の武藤のことを蝶野は「武藤さん」と呼んでいた。蝶野がテレビ中継のゲスト解説をしたとき、団体抗争していたため武藤のことを呼び捨てにしていたのに、普段の呼び方が出てしまって「武藤さんが――」と何度も話していた。テレビの前で苦笑せざるを得なかった。普段のマジメな蝶野が完全に出ていた。

普段から悪人ではないレスラーがヒールをやるとこういうことになる。プロレスファンはレスラーのギミック(キャラ付け)を分かっているので、ヒールレスラーが日頃から悪役に徹する必要などないわけだが、悪人でもない人物が悪になりきるというのは難しいらしい。

プロレスラーのヒールという役回りは当然として、根っからの悪人というのは世の中には案外少なかったりする。なにをもってして根っからの悪人とするかの基準にもよるが、人を殺してもなんとも思わないようなシリアルキラーは少ない。多くの人が誰かを殺すときにためらうし、あとあとになって「取り返しのつかないことをしてしまった」と後悔する。根っからの悪人でない限り、誰かの人生を狂わせてしまったら、罪悪感を感じてしまうものである。

昨日のニュースで、カヌー・スプリント競技の鈴木康大(32歳)という選手がライバルの小松正治選手(25歳)の飲みものに禁止薬物である筋肉増強剤を混入し、小松選手をドーピング違反で処分させていたという驚くべきニュースがあった。
昨日の報道ステーションで、韓国が北朝鮮に対して融和的な対応を取ったとか、日韓合意を実質的に破棄しようとしているというニュースを差し置いてトップで報道されていたほどだ。

鈴木は小松選手の先輩であり、プライベートでもなかよくやっていた。ところが、自身が目標にしていた東京五輪出場が危うくなり、小松選手を蹴落とすためにドーピングに引っかかるようにした。ハンガリー遠征のときにインターネット経由で購入した筋肉増強剤を小松選手が普段使っていたボトルに入れるという手口だった。
スポーツマンシップの欠片もないとんでもない野郎であるが、先輩として鈴木を慕っていた小松選手からドーピングに引っかかったと相談されたことや、日本カヌー連盟のアンチドーピングの啓発活動や聞き取りなどがあって良心の呵責に苛まれ、鈴木は連盟の理事に自白したのだという。

「自分でやっておきながら動揺してしまった」と鈴木が言っていたそうだが、コイツは悪になりきれていなかった。ライバル選手をドーピングで貶めようとしたのなら、その選手が資格停止処分を受けることは分かっていたはずなのに、いざ目の当たりにして、自身の罪の重さを感じてしまった。
鈴木は普段からライバル選手の道具や現金を盗んだりして競技の邪魔をしていた小悪党だったらしいが、小悪党がやる悪行は所詮その程度なのだろう。
救いは小松選手の疑いが晴れたことだ。鈴木が自白せねば暫定処置のまましばらく資格停止が続いたかも知れない。

鈴木康大は妻が北京五輪のカヌー競技の日本代表で、義父がスポーツジムを経営して自身がそこに所属していた。一旦引退したものの、嫁さんのあと押しで現役復帰したことを含め、嫁さんや義父からの期待が大きすぎたのだろう。
そんなことはなんの言い訳にもならないが、悪になりきれなかった小悪党の悲哀を感じてしまう。スポーツジムのインストラクターでもやっておけばよかったのに、ムリをして東京五輪を目指し、代表になるという目標のために人としてやってはいけないことやってしまい、やってから後悔する。ほかの選手を貶めるなら最後まで貫き通す覚悟が必要だったが、結局はすべてを打ち明けた。
出来心かも知れないが、やったことの代償は大きすぎた。選手としてはもちろんダメになったし、人としてもダメになった。自分の手で自分の人生をぶち壊してしまった。ほかの選手の人生をぶち壊すよりはいいが、なんとも哀れな人生である。

鈴木康大はスポーツ選手としてやってはいけないことをやってしまったが、極悪人ではなかったと思う。悪人になりきる覚悟も、ウソをつき通す度胸もなかった。あったのは結果が想像できないバカな考えだけ。
そういうヤツは日頃の窃盗も含め、悪いことをすべきではなかった。自分がどういう人間か自己分析がちゃんとできていないような小悪党は、やってはいけない一線を超えてはいけないのである。