20181130-1

コラムニストの勝谷誠彦が肝不全で死んだ。57歳だった。
彼を初めて見たのは「たかじんのそこまで言って委員会」だった。勝谷は西原理恵子の漫画でタイで美少年を買う「ホモのかっちゃん」として何度も出てくるのだが、テレビで見る印象はだいぶ違っていた。
読売テレビの関係者と揉めて「そこまで言って委員会」やほかの番組を降ろされたあとはテレビであまり見なくなり、昨年久々に見たのが兵庫県知事選の立候補のニュースだった。知事選ではあえなく敗戦し、忘れた頃に死亡のニュースが飛び込んできた。

訃報を伝えるニュースで知ったのだが、勝谷は重症アルコール性肝硬変を患っていたという。アル中がなる病気だ。彼のメールマガジンを管理していた会社の社長によると、勝谷の肝臓は5倍にも膨れ上がり、ほかの内蔵を圧迫するほどだったという。
集中治療室に入院し、医師にアルコールをやめないと死ぬと言われていても勝谷はアルコールをやめることができずに死んでしまった。

死ぬまで酒をやめられないのだから、絵に描いたようなアルコール依存症だ。
吉澤ひとみの公判で、彼女はキッチンで酒を飲んでいたと夫が証言していた。飲酒運転事故後に飲酒量は減ったものの、酒を断つには至っていない。裁判官の心証をよくするには断酒して反省している様子を見せねばならないが、吉澤ひとみは断酒できなかった。これもアルコール依存症だろう。

死んだ私の父親は、休日に浴びるほど酒を飲んでいた。実家に行ったら土曜日の午前中だというのに缶ビールの空き缶が10本くらいあって「アル中じゃないか」と思ったことがあった。
父は生前に「オレはいつ死んでもええんや」と言ってタバコをバカスカ吸って酒を飲みまくっていたが、重い心臓病が分かった途端に医師の勧めで禁煙し、食道がんが見つかってからはあれほど飲んでいた酒もすぐにやめた。

「いつ死んでもいい」とかいう喫煙者や酒飲みは実際に死を実感すると前言をすぐに翻す。それが普通だ。
ところが勝谷誠彦のようなアルコール依存症は死ぬと分かっていてもやめられない。完全に病気である。

西原理恵子の夫の鴨志田穣もアル中が理由で死んだ。西原が漫画に描いていたが、アル中は酒を飲みすぎることで起こす脳に関連する病気だから、ちゃんと治療をしないと治すことができない。治療をしようとしてもうまくいかないことが多い。
意志が弱い云々は関係ないらしい。酒をたくさん飲む初期段階では意志の強さが関係してくるのだろうが、アル中になったらもう手遅れ。家族から酒を隠されても墓地や交通事故現場のお供えの酒を盗んだり、台所にあるみりんを飲んだりするようになる。

私は下戸ではないが、普段酒を飲まない。コーヒーやお茶をよく飲むのでカフェイン中毒かも知れないが、飲めなかったからといってどうということはない。
だからアルコール依存症になる連中が理解できないし、アルコール依存症自体も理解できない。この手の病気は家族にその病気の人がいて少し理解できる程度で、実際になってみないと絶対に理解できないだろう。アル中にはアル中なりの悩みや苦しみがある。

昔の私ならこんなことは絶対に思わなかったに違いないが、鬱病とパニック障碍を経験して病気の苦しみなんか他人に絶対理解できないと学んだので、周囲に理解されないアル中の苦しみだけは分かるようになった。

私の場合、鬱状態になってからパニック障碍発症まですぐだった。仕事での心労と愛猫の交通事故死によるペットロスが重なったことが原因だと思う。
まず不眠症になった。布団に入っても3時間4時間寝られず、毎日1時間くらいウトウトしただけで出勤するようになった。不眠症になると転落まですぐである。夜中に動悸がするようになり、息をしているのに息が吸い足りないと思う過換気症候群になった。これがパニック発作である。家にいたら息ができなくなって死んでしまうと思って玄関から飛び出したこともあった。

いよいよ狂ったと自覚した。パニック発作を経験すると、逃げ場のない場所で同じことが起こることを恐れる予期不安に見舞われる。広場恐怖というやつだが、そうなると電車に乗ったり、人前に出ることがなどができなくなる。
通勤が苦痛だったが、早めに家を出て最寄り駅からの電車に座ってすぐに寝るようにした。家では寝られないが、電車では割とすぐにウトウトできた。

このままでは通勤もままならなくなると思い、上司に多分通勤できなくなると告げた。当時の上司は「そうか」「無理すんな」とだけ答えたのだが、上司に話をして少し理解してもらうことで気分が楽になった。その後心療内科に通院して、抗不安症の薬を1年くらい飲んでいた。
そのうち予期不安が少なくなり、過換気症候群などのパニック発作も少なくなった。夕方になると手が震えていたが、それも収まった。

それ以降、考え方が大きく変わった。仕事の責任を自分で背負い込むのは間違いだ。できない仕事があるなら、そんな仕事を押し付けてくる上司や会社がマネジメントできていないわけだ。管理職は部下の仕事を管理するべきであって、それができないのは部下の怠慢ではなく自分の怠慢である。
考え方を変えれば鬱の予防策となる。

私はわりと完治に近い状態になったが、当時の感覚は今でもはっきり覚えている。その苦しみは経験者でなければ絶対に理解できない。鬱の話を聞いて経験者でもないのに「分かるわ~」と相槌を打つ人がいるが、絶対に分かっていない。
ここ最近、ジャニーズのKing & Princeのメンバーである岩橋玄樹や、Sexy Zoneのメンバーである松島聡が相次いでパニック障碍を告白して休養に入った。病気としてにわかに注目されているが、他人からすれば「なにそれ怖い」といったイメージしかないだろう。私だって経験者じゃなかったらそう思っているはずだ。

自分がなるとは微塵も思っていなかった鬱病になった。アルコール依存症は鬱と違って酒を過度に飲むという原因があるわけだが、酒に強い人の酒量が増えてしまうのは容易に想像できる。
飲み過ぎたのは悪いと思うが、本人だって依存症になろうと思って飲んでいたわけではあるまい。食べ過ぎて太るのと大して変わらない。

アルコール依存症の問題は、鬱と違って周囲にめちゃくちゃ迷惑をかけることにある。家族はめちゃくちゃにされ、吉澤ひとみのように車を運転して見ず知らずの他人を撥ねたりして、周囲に迷惑しかかけない。
どう考えても治療が必要なのに、本人が病気と認めない。治療をしても途中で投げ出してしまう。

鬱でもアルコール依存症でも病気が治るか治らないかの大きな境目が、周囲に恵まれているか恵まれていないかだろう。私の場合は上司も嫁さんもあまりゴチャゴチャ言うタイプじゃなかったのがよかった。アルコール依存症の場合は治療を強く勧め、厳しく当たるくらいの人が必要かも知れない。
そんな人に囲まれていてもどうしようもない場合も多いだろうが、いないよりは絶対にいた方がいい。

そういう意味では、私は恵まれていた。勝谷誠彦は恵まれていなかったのかも知れない。