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私はソフトウェア開発をしているのだが、勤め先の会社に入った当初はハードウェアの設計をしていた。元々学生時代にソフトウェアを主にやっていたので、そっちの仕事をするのかと思っていたら、なぜか基板設計などのハードを仕事をさせられることになった。

ハードウェア設計では、自分で回路図を引き、その回路図を元に自社か外注で基板の設計を行う。もちろん回路図の段階で、どんな部品を使うかBOM(パーツリスト)を作っておかねばならない。
私が担当していた製品では、DRAMの一種であるSDRAMというメモリを使用していた。16MBあるいは32MBのメモリを2個使っていた。
当時、SDRAMでいうとアメリカのマイクロン、日本のエルピーダ、台湾のウィンボンドなどが会社でよく使われていた。エルピーダは公的資金が投入されたものの経営破綻し、2012年にマイクロンに吸収合併された企業だ。

DRAMのチップは複数の企業の製品を互換として使用することができる。ピンの物理的な位置や信号が同じで、基本的にほぼ同じ仕様ならば部品を載せ替えることができる。
そのため、試作の段階で使えそうなメモリをリストアップしておき、自分で半田を外して載せ替え、各ピンの入出力信号が仕様に合っているかなどのチェックを行っていた。使えそうならパーツリストに複数登録しておけば、製品を作るときに調達部門がその時点でもっとも安いDRAMを購入し、それが実装されることになる。

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調達部門は少しでも製品原価を下げるため、私がいる設計部門に「これを使え」と言ってくる。私がハードウェア設計をしていた頃にしきりにプッシュされていたのが、韓国のハイニックスだった。ハイニックスはサムスン電子に次ぐ韓国の半導体企業であるが、2001年に一度経営破綻している。政府系金融機関の資金援助や韓国政府の補助金などで復活した。
当時、1000個ロットで購入する16MBのSDRAMが1個500円くらいだったのに対し、ハイニックスは390円だった。2個使いなので1製品で220円も変わってくる。ハードウェア設計者は製品原価を下げるために10円、1円単位のコストダウンの努力をしている。220円も下がるのであれば、ハイニックスを使わない手はない。
私は当時から嫌韓だったので、ハイニックスのチップをパーツリストに載せるのは嫌だったが仕方がない。かくしてハイニックスばかり使われることになった。

調達部門にハイニックスだけなぜ断トツで安いのか尋ねたことがあった。「ハイニックスは韓国政府の補助金を受けてダンピング価格で売ってるから」と言われた。競合他社だったマイクロンやエルピーダなどを蹴散らし、なりふり構わずシェアを奪うために韓国政府が補助金という形で税金を投入して、ハイニックスのメモリを不当廉売していたのだ。

ハイニックスの不当廉売にマイクロンやエルピーダから経済産業省に申し立てがあり、ダンピングが認められて数年にわたって27.2%の関税が課されることになった。

【経済産業省】大韓民国ハイニックス社製DRAM

DRAMのシェアはサムスン電子が1位で46%、SKハイニックスが2位で26%、マイクロンが3位で21%だ。この3社でDRAM市場の9割以上を抑えているわけだ。
一度潰れたハイニックスは韓国政府によって公的資金が投入され、ダンピングしまくって建て直された会社だ。今は韓国通信大手SKテレコム傘下に入り、SKハイニックスとして韓国国内に大きな工場を幾つも持って生産を行っている。

かなりの金額の税金が投入されたはずのSKハイニックスであるが、現時点でそこそこのピンチに陥っている。米中貿易戦争に伴う半導体の売上不振に加え、サムスン電子ともども日本が韓国をホワイト国から除外したことによって半導体製造に必要な素材が在庫切れになることが確実だからだ。サムスン電子のトップが急遽来日して、なんとか工面しようと四苦八苦している。
文在寅大統領は韓国国内で半導体や自動車関連企業を30社集めて意見を募るなど呑気なことをしており、ほかにやるのは日本に文句を垂れることだけ。税金を大量投入して救ったSKハイニックスのみならず、韓国のGDPの2割を支えるサムスン電子まで潰そうとしているのではないかと韓国国内で勘繰られているのも頷ける。

韓国メディアは連日の大騒動だ。いくらなんでも騒ぎすぎである。
日本政府は禁輸すると言っているのではなく、単に特定物質について韓国への輸出規定を厳格化しただけだ。例えばフッ化水素のエッチングガスの在庫が30日分だったとして、エッチングガスの輸出が申請されて90日後に許可されたら60日間半導体製造に支障が出るだけだ。まあ2か月で数百億円、もしかすると数千億円くらい損害が生じるかも知れないが、そこは耐え忍ぶしかない。

ところが、安倍首相による韓国潰しだと息巻く韓国人は、DRAMの韓国のシェアが7割であることからDRAMを日本に輸出規制しろと主張している。DRAMがなければ、それを使っている製品が作れなくなってしまう。しかしながら、残念なことにDRAMやNANDフラッシュという半導体は、よほど特殊なものを使っていない限り先に述べたように互換品がたくさんある。各メーカーはこのような事態になることを想定してなるべく互換品が多くある部品を選ぶ。韓国製が手に入らなくなったとしても、アメリカのマイクロンや台湾のTSMC、中国のその他大勢の企業が増産してくるだろう。むしろ、韓国で輸出規制しなかったとしても、減産をチャンスと見て増産して攻勢をかけてくるかも知れない。
実際、急にDRAMやNANDフラッシュの互換品を探して数量を確保したり、特注品をほかのメーカーに作らせることは簡単ではないが、手間がかかるだけで不可能なことではない。核心的素材が手に入らなくて半導体を製造できないこととは比べものにならない。

サムスンやSKハイニックスがDRAMやNANDフラッシュを作れないとアップルなどが困るだろうとして、韓国政府がアメリカ政府に対して「日本を何とかしろ」と告げ口したようだが、恐らくトランプ政権は乗ってこない。トランプ大統領からすれば日韓のいざこざなんか知ったこっちゃないし、マイクロンのビジネスチャンスになることを考えれば、わざわざ介入する必要がない。サムスン電子で少々納期トラブルが起きてもアップルは何とかするだろう。

日本政府のこれまでの対応は、韓国の産業界を揺るがし、韓国人を焦らせるのに十分に余りあるが、日本政府にしても安倍首相にしても、別にサムスン電子やSKハイニックスを潰そうとか、弱らせようと思っているわけではないだろう。そんなことをしても日本企業にとって大した得はない。NANDフラッシュに関しては東芝メモリもやっているが、NANDフラッシュのシェアではサムスン電子に遠く引き離されているし、DRAMもやっていない。
真の目的は、発展途上国を見下すがごとく日本を甘く見る韓国にお灸を据えてやるというものではないか。文在寅政権の目に余る対応に業を煮やし、とりあえず1回強く出ただけ。だから、韓国が報復をやってこないかぎりは輸出承認延長等の実質的な禁輸措置を実施するとは思えない。

にも関わらず、DRAMの実状を分かっていない韓国人が「禁輸しろ」と叫ぶがごとく、アホみたいなジャーナリストが的外れの分析をしている。
一番驚いたのがニューズウィークに掲載された冷泉彰彦とかいうジャーナリストの記事だ。

【ニューズウィーク】トランプ亜流にも劣る、韓国への素材輸出規制 (2019/07/09)

これによると、今回の韓国への対応はトランプ流の通商戦争と同じで、安倍政権が年金問題への目線を逸らし、かつ日本企業の半導体、液晶パネル、スマホなどの事業を復調させるために仕掛けたと書いてある。恐ろしいほど的外れな分析だ。
国民の4割が選挙での関心事に年金を挙げる国で、韓国叩きをすることで目線をそちらに逸らすことができると政府が思うだろうか。大多数の国民の関心事は自分の金であり、政治や経済での日韓関係なんぞ大して気にされていない。

愚かな日本政府が韓国への輸出規制によって日本の半導体産業や液晶パネル産業が盛り返せると勘違いしているという分析もすごい。東芝メモリは日米韓連合の企業傘下となり、シャープは台湾企業になった。液晶パネルを自前で作る国内メーカーは消え去った。日本は半導体や液晶パネルで敗れ去ったのだ。こいつに言われなくとも、今さらシェアを取り戻して復権させようとどこのアホな政府が考えるのか。
こいつは「韓国の産業の下流にある日本企業がスマホやテレビといった最終製品を作れなくって損をする」という韓国人と同じ考えも披露している。トランプ流で韓国企業を痛めつけることだと日本政府の目的の根本を読み間違っているから、そういう話の展開になるのだろう。シェアが高いからといってDRAMやNANDフラッシュが韓国でしか作れないわけでもないし、液晶パネルや有機ELも同様である。

そしてこの話の結論は、「今回の措置は日本経済にとってはマイナスでしかありません」として、選挙後に恥を忍んで止めるしかないとした。経済的に損失が出るからやめろというわけだ。政府が日本経済のためにやっているという勘違いがあるから、このような結論に至る。
東大を出たこんなヤツがジャーナリストをやっていて、ニューズウィークに的外れな寄稿をしているのだから、ジャーナリストとはお気楽な仕事である。

ホワイト国除外や輸出規制といった話を事情が分かっていないこういう自称ジャーナリストにさせるとおかしくなってしまう。政治や外交に詳しい人間より、IT業界に詳しいライターの解説の方がよほど役に立つし、的を射ている。
解説を読むなら、何の専門家が書いているのかちゃんと把握しないといけないということだろう。