20190911-1

私の嫁さんは怪談話の番組が好きで、夏の深夜に放送される怪談番組やケーブルテレビやアマゾンのプライムビデオの怪談番組をよく見ている。
私も子供の頃は夏休みに「あなたの知らない世界」をたまに見ていたが、中学生くらいになって興味が失せた。怪談話にはたまに面白いものがあるが、所詮はウソだからだ。
ウソの話をするという点で、怪談と落語は似ている。ただ、落語は面白いが、怪談はあまり面白くない。怪談なのだから当たり前なのかも知れないが、現実離れしていて、にわかに信じがたい話が多い。

先日、嫁さんがプライムビデオで見ていた「怪奇蒐集者」とかいう怪談話のシリーズをちらっと見た。途中経過は分からないが、A子さんがマンションの自室でクローゼットの中に気配を感じ、開けてみると生首が置いてあり、A子さんは「きゃー」と叫んで自宅を飛び出してしまったという話をしていた。
クローゼットに生首が入っていたら驚いて「きゃー」と言うかも知れない。気が動転して家を飛び出してしまうかも知れない。しかし、普通はしばらくしたら落ち着くもんで、その後に誰かの手を借りるなどして警察に連絡すべきだろう。家に戻って確認した方がいいかも知れないが、生首を置いた人間が家の中にいるかも知れないからやめといた方がいい。しかしA子さんは探しに来た父親に連れられて家に帰るという展開だった。

話を全部聞いたわけではないのでツッコミが間違ってたら恐縮だが、もしかするとこうなるまでに何度も生首の幻覚を見ていたので警察には連絡せず、おとなしく家に帰ったのかも知れない。だとしたら霊の話ではなく、幻覚を見るようになった精神疾患の患者の話だろう。

怪談師は自分がする怖い話を人から聞いたことにしているが、実際は自分か誰かが考えたものだろう。こういう点でも落語と似ているが、誰かの話を聞いたにせよ、誰かが考えたにせよ、怪談になるような話が事実として本当にあったかどうかは分からない。
ほとんどの落語は本当にあった話ではなく、誰もがそれを知っている。怪談は本当にあった話となっているのに信憑性がまったくない。誰かが考えたウソはもちろんだが、人から聞いた話もただの伝聞でしかないから、信用ならないのは当然だろう。

娯楽である怪談にゴチャゴチャ言うつもりはないが、本当にあったふりをしているウソの話というのが引っかかって仕方がない。だから話のアラを探してしまう。ホラー映画でも登場人物がアホ丸出しの行動をとって観客をイラつかせるが、怪談に出てくる人物も合理的な行動をとらないことが多いのが気になってしまう。
だったら最初から「この話は私が考えたウソです」と宣言し、小説のプロットのように創意工夫を話に散りばめたらいいように思える。
実は誰かが考えたホラ話だとうっすら分かっていても、温かい目で見守って、素直に怖い話を楽しむのが怪談の楽しみ方だろうが、私のようにひねた人間にはそれができない。いちいちツッコまずにはいられない。

とにかく、怪談のように人から聞いた話というのは信用できない。それを話した人がウソをついているかも知れないし、聞いたという本人がウソをついているかも知れない。もしかしたら両方かも。
裁判では誰それから聞いたという供述は伝聞証拠とみなされ、証拠として採用されない。実際に見たとする本人が供述するならその場での証言の信憑性を吟味することが可能で証拠となるが、検証不可能な話はそうはならない。
それと同じように、人から聞いたという話は信じないことが一番だ。

サヨク精神科医の香山リカが、最近になって突然「釧路出身の父親が戦時中に徴用工が虐待されているところ見てショックを受けていた」とツイートした。徴用工が誰を指すのか分からないが、前後のツイートの文脈からすると外国人の徴用工、おそらく朝鮮人のことだろう。


「自分の父親が徴用工が虐待されるところを見たという話をしており、韓国人の徴用工が怒るのも無理はない」ということを言いたいのだろう。ただ、日韓で揉めている内容はそれとは別だ。戦時中、徴用で意に反して日本に連れてこられた朝鮮人が何百人かいたのは日本政府も認めるところで、朝鮮人徴用工が差別的な扱いを受けたこともあっただろう。
戦時中に酷い扱いを受けた朝鮮人がいたとして、それを今も怒っているから日韓請求権協定に基づいて韓国が補償を受けたにも関わらず、それを反故にしてもう一度金をぶんどろうとしていいわけがない。

香山リカは父親からの伝聞を証拠とし、韓国へ援護射撃をしたいらしいが、そもそも父親の話がウソかも知れない。虐待されていたのが徴用工じゃないかも知れないし、朝鮮人ではないかも知れない。反日サヨクの香山リカなら、これまでに喜んでしてそうな話を今さらになってしたのも信用に欠ける。

慰安婦の話もそうだが、人から聞いた話が事実や証拠であるかのように平気で主張する連中はアホなのかと思ってしまう。韓国政府や慰安婦の支援者は「証拠はおばあさんの証言だ」と平気で言うが、普通の裁判ならそんな伝聞証拠は証拠として採用されない。
慰安婦の強制連行の物的証拠は一切なく、強制連行された慰安婦と主張する当人の証言は時代によってころころ変わっており、本人の年齢や経歴すら疑わしい。
元の話が胡散臭いのに、その伝聞など聞くに値しない。

徴用工や慰安婦のことについて、日本の非を責めるありもしない話が溢れかえっていて、その証拠は軒並み伝聞ばかり。作戦なのかも知れないが、いちいち構うのがアホらしくなる。
「霊の仕業でクローゼットに生首が存在したのです。これは現実にあったことです」と言うのと、徴用工や慰安婦に関するおかしな証言を現実だと主張することの何が違うのか。どちらも伝聞の形をとった創作ではないか。
当事者の証言もウソや事実誤認だらけであるが、どういうわけか当事者とされる人物の言うことはすべて正しいことになっている。

「これは作り話だ」と前置きしたうえで怪談話をしたらいいと書いたが、徴用工や慰安婦についても「この話は全部ウソですが、金をください」と前置きして話をすべきだろう。
真実だと思わせてホラ話をするから受け付けられないのであって、最初からファンタジーだと宣言すりゃまだ話は聞いていられる。それで金を払うか払わないかは別の話だが、そんなに金が欲しければ、怪談師のように観客に作り話を聞かせ、その対価を受け取ればいい。
作り話を真実だとし、たくさんの金と終わりなき謝罪を引き出そうと欲をかくから何も得られないのである。