20191018-1

今から20年以上前、関西で深夜に生放送されていた「テレビのツボ」という番組で、アメリカのドラマに詳しいディレクターがアメリカのテレビ事情を説明していた。
私は高校生くらいからアメリカのドラマを好んで見ていたので、なかなか興味深い話だった。

アメリカではテレビドラマのシーズンが5月に終わり、6月から9月半ばくらいまでテレビ業界が夏休みの状態になり、ニュースや一部バラエティ番組、スポーツ中継を除いて再放送ばかりになるという。ドラマは再放送しかされないので、次のシーズンに備えるために前までのシーズンを見直すというのが中心になるそうだ。
なぜそうなっているのか知らないが、アメリカの4大ネットワークがずっとそうやってきた。アメリカ人は長い夏季休暇を求めるし、夏季休暇中の人も出かけたりしてあまりテレビを見ないからかも知れない。

それが変わってきたのが10年前くらいからで、「セックス・アンド・ザ・シティ」や「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるHBO、「ブレイキング・バッド」や「ウォーキング・デッド」で知られるAMCといった有料のケーブルテレビ局が台頭し、夏でもドラマの新作を放送することが増えてきた。
それでも基本的にはアメリカの夏はテレビの閑散期であることには変わりがない。

アメリカのテレビ事情など知ったこっちゃないのだが、これの影響を大きく受けているのがオリンピックである。
オリンピックはアメリカの大手放送局であるNBCがアメリカでの独占的な放映権を持っている。2020年の東京五輪以降、12年延長する契約がNBCの親会社とIOCの間で結ばれたが、夏冬6回分の放映権料が76億5000万ドル(およそ8300億円)だった。とてつもない金額である。

IOCは上客であるNBCの意向に逆らえない。だから、テレビの閑散期である真夏に夏季五輪が開かれる。前の東京五輪は10月だったが、気候のよい10月だとほかのスポーツ中継や新しく始まったドラマの時間帯とかぶる。そんなことになれば視聴率が分散してしまうので、それだけは絶対に避けたい。テレビが暇な真夏にやれば、オリンピック中継のひとり勝ちになる。

開催期間がアメリカのテレビ局の意向で決められるわけだが、それに加えてアメリカが金メダルを独占する水泳のような人気種目は、選手の調整などお構いなしにアメリカのゴールデンタイムに行われる。水泳種目は夕方以降が好ましいらしいが、時差の関係で北京五輪では主要なレースが午前中に行われた。東京五輪でも同様である。
オリンピックはアメリカのテレビ局の都合で実施されるようなもんである。

7月8月にしか夏季五輪をやらせないというNBCの意向がある以上、本来ならば夏場である北半球でオリンピックを開催するのは難しい。年々気温が上昇しており、異常気象と呼ばれるような猛暑も多い。やれるとしてもせいぜい北欧の緯度が高い地域だけだろう。
東京でやるのはかなり無理があった。それでも、東京五輪では様々な暑さ対策が練られている。特にマラソンと競歩という持久力が必要な競技では、コースを熱を持ちにくいアスファルトに舗装し直し、ミストシャワーのみならず降雪機まで持ち出して暑さを和らげようと涙ぐましい努力をしている。スタート時間ももちろん早朝にずらした。

そうやって対策を取ってきたのに、今になってIOCがマラソンと今日を札幌でやるよう検討しろと言ってきた。検討というより、実質的には命令みたいなもんだ。
カタールのドーハで今月行われた世界陸上のマラソンと競歩で、男子18人、女子28人、全体の4割の選手が途中棄権するという事態に陥り、それに焦って言い出したのは間違いない。東京五輪まであと300日しかないというのに、いかにも場当たり的な提案で、メチャクチャすぎる。

これにはIOCのバッハ会長の意向が強く働いており、大会組織委員会の森喜朗も同意しているとの話があるが、こんなことが許されていいのだろうか。"東京五輪"を北海道でやるにしても、せめて事前にプランBとして用意されているべきだった。スタートとゴールとなる競技場のチケットを販売し、アスファルトを舗装し直し、本番でのレースを見越してマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)でシミュレーションと選手の一発選考を行ったのに、今頃になってIOCが言い出したことが通れば全部パーである。
小池都知事がぶち切れて「ならば北方領土でやれ」と言っていたが、小池百合子には同情せざるを得ない。

「選手ファースト」といえば聞こえがいいが、単に世界陸上のように棄権続出による批判を避けたいためだろう。
さらには、「なぜ東京でやったのか」のみならず「なぜ7月8月にやるのか」という批判も避けたいに違いない。IOCとしては7月8月に開催することに批判が飛び火することは是が非でも避けたい。数千億円をポンと払ってくれるNBCに批判の矛先が向かい、NBCを怒らせるわけにはいかないからだ。

オリンピックは元々スポーツの祭典だったはずなのに、1984年のロスアンゼルス大会で大きな黒字が出たことがきっかけで、商業五輪へと変わってしまった。スポーツの祭典というより金を稼ぐための手段、スポーツの名を冠したカネの祭典に成り下がってしまった。なんでもかんでもカネカネカネである。

昨年2月放送の「水曜日のダウンタウン」で、5色の5つの輪っかであるオリンピックシンボルを「諸事情により使用できない」としていた。五輪のマークや大会エンブレムはIOCに金を払っているスポンサーのみが使用でき、テレビ局がおいそれと使用することができない。だから、クイズとして五輪の色の並びを問題として出しても、正解を表示することができない。

千鳥が司会をする「相席食堂」という番組では、レポーターが訪れたどこぞの廃業した旅館のプールの壁に五輪のマークが大きく描かれていたのだが、それにボカシがかかっていた。旅館のオッサンが描いた五輪マークですら放送できない。
これでは五輪のマークがチンポコ扱いであるが、実際の五輪マークは金を支払ったヤツだけが使用できるエグゼクティブな特権である。テレビ局が使用するには、JOCなど関係団体の許諾を得ねばならないが、バラエティ番組ではそれが難しいのだろう。

カネの祭典であるオリンピックにはオリンピック憲章というのがある。

【JOC】オリンピック憲章

いろいろゴチャゴチャ書いてある。オリンピズムの目的として「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励すること」と、よく分からないことが書いてあるが、実際の目的は金儲けだろう。「スポーツを人間の調和のとれた発育に役立てる」という目標は建前であって、「何をやるのも金がいる」という本音もあって金集めに必死だ。いや、むしろ発育なんぞどうでもよくて、金儲けが一番の目的になっているかも知れない。

選手ファーストか誰ファーストか知らないが、今になってマラソンや競歩の実施場所を札幌に移す案が進められていることは残念だ。これまでの努力を蔑ろにする提案だ。
選手にとってのデメリットは少ないかも知れないが、札幌は東京に比べて5℃くらい気温が低いとはいえ、来年の五輪期間中もそうかは分からない。今年のパリのように札幌で気温が42℃になったらどうするつもりなのか。2024年の大会は、その42℃のパリで行われる。パリの次はロスアンゼルスで、いずれも涼しくない地域だ。そこでも場所を移してやるつもりなのか。
5年後9年後の話はいいとして、東京の暑さ対策が気に入らないのなら、マラソンや競歩の朝6時や5時半のスタートを午前2時くらいにすりゃいい。ちょっとはマシになるだろう。

そもそも、選手に聞き取りをしたうえでの提案ではあるまい。理事会の連中が世界陸上での惨状を見て顔が真っ青になり、何となく考えていたことを推し進めただけではないのか。
今になって飛び出してきたバッハ会長を始めとするIOC理事会の思いつきの案を、なぜ日本が受け入れなければならないのだろうか。東京のこれまでの努力が水の泡になるにも関わらず、日本はそれを甘んじて受け入れなければならない。選手の選考、チケットの払い戻しと抽選と再販、観戦ツアーの変更など、どう考えても困難しか待ち受けていないのに、IOCが今さら変えろと言ってくるのは日本が舐められているからではないのか。

今からこんなゴタゴタがあるのでは、東京五輪が思いやられる。