先っちょマンブログ

2015年02月

20150227-1

川崎市の多摩川河川敷で13歳の中学1年生が殺害された事件で、神奈川県警川崎署が主犯格の18歳の少年を殺人容疑で逮捕した。防犯ビデオに映っていた3人のうち、残る17歳の少年ふたりも同容疑で逮捕された。

この事件では、事件当初から18歳の少年Aの犯行であると見られていた。今日、Aが自宅から出てタクシーに乗り、川崎書に向かう様子をマスコミが張って取材していたことからもよく分かる。
Aは年下の少年たちを子分として従え、街を徘徊して度々騒ぎを起こすようなワルだった。中年男性の頭を鉄パイプで殴って、鑑別書送りになった過去も持つ。

殺害された中学生は、不良というわけではなかったが、熱心にやっていたバスケットボールの部活動に身が入らなくなり、次第に部活から遠ざかって、夜中にゲームセンターに出入りしたり、公園でバスケットボールをして遊んでいたらしい。そこで知り合ったのがAだ。
Aは知り合った当初は優しくしてくれたが、被害少年を仲間に組み込んだとみなすや使いっ走りとしてこき使うように。学校に行きたいという少年の意向に反し、学校に行くなと命令し、万引きをさせたりした。被害少年が抵抗すると、青たんができるまで顔を殴った。

被害少年は、2月20日の深夜2時頃、多摩川河川敷で殺害された。裸にされ、結束バンドで縛られ、カッターナイフの刃などで手足を切られ、最後に跪いた状態で首をナイフで切られて殺されたと見られている。膝には擦り傷があり、首の傷は後ろから横にかけて鋭利な刃物で切ったような深い傷で、出血性ショックが死因である。
どうやらAは、被害少年をイスラム国の人質になって殺害された人たちと同じように殺したらしい。

被害少年は文字通りなぶり殺しにされた。頸動脈を切られての失血死であると、頸動脈を切られた時点で大量出血して血圧が急激に下がり、一瞬で気を失ってしまうのでまだマシらしいが、とどめを刺すまでに体中を切り刻まれている上、後ろから横にかけて首を切ったのでは即死できなかったに違いない。被害少年の恐怖は尋常ではなかったことだろう。

被害少年は1月にAの不良グループから抜けたいと申し出たところ、顔面をボコボコに殴られた。Aからは自分に殴られたことを他言してはならないと強く言われていたが、LINEで友人にAに殴られたことを告げた。
それを告げられた友人は、親しい先輩に被害少年がAにめちゃくちゃ殴られたことを伝え、その友人の先輩ら5人が2月15日か16日にAの家に押しかけたという。Aの自宅でAの姉と押し問答をしている間にAの母親が警察に通報して、Aをシメようとしていた5人が帰らされることになった。結果的にそれがよくなかった。

自分が殴ったことを他人にチクリ、自分をシメに来たヤツがいたことをAが知って激昂したに違いない。
ただ、友人が先輩に相談して、その先輩らがAの自宅に押しかけてしまったことはしょうがないとは思う。血気盛んな若い頃はそのようなこともあるだろう。教師や警察に相談していればまた結果は違ったかも知れないが、そのあと結局Aに逆恨みされるのは間違いなく、どう転んでも被害少年はAによって殺されていたのかも知れない。

残忍極まりな事件であるが、この事件で一貫して見えてこないのが、被害少年の家庭である。
中学校の担任は、被害少年が来なくなった1月以降毎日電話連絡をしており、自宅にも5回訪れている。このような事件があると、教師の怠慢が責められがちだが、教師はちゃんとやっていた。
被害少年は、不登校になる1月の前から、夜中にゲームセンターや公園に出かけるようになり、不良グループと付き合いだした。普通なら、中学1年生が夜中に家を出て、深夜まで帰ってこない現状を親が注意するもんだし、不登校を心配するはずだ。だが、教師からの電話に出た母親は、少年が寝ているとか出かけているというだけで、無関心なようだった。

被害少年の家族は、元々千葉に住んでいたが、2007年にIターン制度を利用して島根県の隠岐諸島・西ノ島に移住した。父が漁師になるためである。
ところが、その3年後に両親が離婚。母親は少年とその妹を連れて島のほかの地区に引っ越す。そのあと、看護師の助手の仕事をしていたが、働かなくなって生活保護を受給することになる。そして、2013年に川崎市に引っ越した。
何があったのかは知らないが、被害少年は若干複雑な家庭環境にあったようである。

この事件は加害少年Aの猟奇性ばかりが目立つ。逮捕されてもAは「殴ったが殺害はしていない」と供述しているようだ。警察署に赴くときもポケットに手を突っ込んで歩いており、反省の様子は見られない。
ただ、それ以上に、まったく見えてこない被害少年の母親の存在も気にかかる。子供の生活にまるで無関心で、子供が殺されてからもどうしているのかまったく分からない。

本当に、薄気味悪い事件である。

20150226-1

私が住む滋賀の県議会のニュースが京都新聞のみならず、産経新聞や読売新聞でもニュースになっていた。
なんでも、昨日の2月の定例会議一般質問で、自民党県議が滋賀県の認知度やブランド力を高めるために、「滋賀県」から「近江県」に改名したらどうかと提案したらしい。

【京都新聞】「滋賀」県名変更しては? 認知度低く議会で提案 (2/26)
【産経ニュース】「滋賀県」より「近江県」の方が知名度高い? 県名変更をめぐる議論沸騰 (2/26)
【読売新聞】「近江県」知事乗り気? 県議提案「議論していく」 (2/26)

京都新聞によると、「滋賀」の認知度は47都道府県中37位で、「近江」の認知度は88ある旧国名で19位だった。
近江牛やら近江商人、近江にまつわる戦国武将などで「近江」の知名度の方が高いのだから、それに変えてしまえということだ。
冗談なのかと思ったら、同様の提案は2009年にもあったらしく、自民党県議はマジメに議論するよう提案したようだ。

読売新聞によると、三日月大造知事は一蹴するでもなく、「検討の余地はある」としたそうだ。
提案する県議もアホなら、それを真に受ける県知事もアホである。

京都新聞の記事にあるが、5年前の調査で県民の7割以上が「滋賀県」という名前に愛着を持っており、8割近くが変更の必要などないとしている。変えるべきとしたのは県民の1割だ。

「全国的に知名度のある近江にしたい」という県議会の傲慢のために、国会で過半数以上の賛同を得た上で、県民投票でも過半数の賛成が必要である。
私は絶対に反対する。

滋賀の知名度が低く、ブランド力もないのであれば、それを改善するよう努力するのが県議会の努めだろう。その前提を放棄した上で、「滋賀より近江の方がいいから改名しよう」とか、低能な議員が思いつきそうなことである。
もし仮に一部の滋賀県民の傲慢さが通って近江県になったとして、全国への影響度は大きい。なんせ、県下すべての住所が近江県に変わるわけである。個人なら年賀状の宛名、企業は顧客名簿など、変更しなければならないことが山ほどある。郵便番号から住所を自動で入力することもできるが、そんなもんも全部変えないといけない。
図書館や美術館、高校など、滋賀県立○○は全部近江県立○○に付け替え。看板から交通標識、地図もそうだ。

こんな面倒で金のかかることを、自分勝手な滋賀県民のせいで全国の方々にお願いするわけにはいかない。

かつて、滋賀県草津市にキャンパスがある立命館大学の学生が、「車の滋賀ナンバーが格好悪い」という理由で、「琵琶湖ナンバーを創設しよう」と運動していたことがあった。
他府県から滋賀に通っているだけの学生の分際で余計なことをするんじゃないと思ったが、心配しなくともそんな目論見は敢えなく潰えた。滋賀ナンバーが格好悪いとしたら、学生運動で創設された琵琶湖ナンバーの方がもっと格好悪い。

ついでにいうと、これと同じようなことが県議会でも提案され、実際に計画が動いていたこともあった。
滋賀県議会というのは、やることが学生と同じくらいの程度しかないのだ。
どいつもこいつもバカばかり。名前を変えれば滋賀が生まれ変わるとでも思っている本物のバカである。

「滋賀を変えるきっかけになれば」というくらいにしか思っていないのかも知れないが、問題の本質を理解せず、小手先だけで何とかしてみようという典型的なダメ人間の発送だ。
かつて、商品名を変えた靴下がバカ売れしたことがあったが、滋賀県を近江県に変えたところで、一時的に注目されるだけで結局のところ何も変わらないだろう。滋賀県民だから実感するが、この県には何もない。県の中央に位置して、交通の邪魔をしている琵琶湖という大きな湖があるだけ。

本当に、頼むから、このような恥ずかしいニュースを県外に出さないようにして貰いたい。滋賀県議会が、ただ無能なだけでなく、バカであることを世の中にわざわざ広めることは、そいつらを選出した県民まで同類に思われてしまうではないか。

20150225-1

「これにはコラーゲンがたっぷり含まれているので、美肌効果があり、お肌にとてもいいんです」

情報番組のグルメロケなどで、食事を紹介するときにこのようなウソが平然と述べられる。コラーゲンが肌の張りを保ったり、関節の痛みを改善するなどと謳われているが、ゼラチン質の食事を取ったことで、コラーゲンを経口摂取して美肌に効果があるわけがない。

コラーゲン配合の保湿パックなどもあるが、あれも皮膚からコラーゲンを吸収できるかのように言われているが、皮膚からコラーゲンの成分を吸収することはできないとされている。
にも関わらず、コラーゲンを取ればいい、塗ればいいなどとテレビで放送している。なぜそのようなウソを放送することが許されるのか。

同じようなものでいえば、グルコサミンも同様である。テレビCMでグルコサミン配合のサプリメントを飲むと、膝の関節痛が改善するなどとやっているが、これもコラーゲンと同様に経口摂取で関節痛に有効な効き目など出ない。
グルコサミンとよく似たヒアルロン酸やコンドロイチンもサプリメントがあるが、そんなもんを飲んでも何の効果もない。

そもそもの話として、サプリメント自体がアヤシイものである。ビタミンなどのサプリメントは飲めば体によさそうな宣伝をしているわけだが、2013年にアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の教授らが中心になって医学誌で発表した研究結果によると、ビタミンやミネラルなどのサプリメントは、普通に食事をしている人にとって有益な効果はなく、むしろ特定のビタミンを取り過ぎることで健康を害するそうだ。
この研究は規模の大きな研究で、研究チームは「長年のサプリメントの健康高価に関する議論はこれで終わった」と自信を持って発言するほど確度の高いものである。

売る方は適当なことをいってサプリメントや健康補助食品を販売する。プラスにならないが、大してマイナスにもならないのなら、価値のあるようなものに見せかけて幾らでも売り付けることができる。
買う方は単純である。自分でロクに調べもせず、言われたままを信じて、美肌効果があったり、関節痛を和らげたり、日々の足りない栄養素を補充して健康にしてくれると思い込んで、食ったり飲んだりする。

人間にはプラシーボ効果というのがあるので、効果がなくても効果があると信じ込めば何らかの変化があったりする。「鰯の頭も信心から」とばかりに健康や美容に良さそうなもんを取っても悪くはないのかも知れないが、実にバカバカしく思える。

そういう手合いは、健康や美容にいいという都合のいい食品やサプリメントはすぐに信じるくせに、悪そうだと思い込んだら何を言っても信じない傾向がある。
福島第一原発の事故後、「水が危ない」といってバタバタしたのは、コラーゲンが好きそうな主婦連中に多かった。内部被曝を過剰に心配し、福島近海のみならず、日本で獲れた魚は全部ダメだと言い、東北の米もダメだと言う。
キチンと検査をしていると説明したり、健康被害が出るという根拠がないと説明しても通じない。
「健康そう」という内容はすぐ信じるのに、「不健康そう」と思い込むと、そのあと何を言っても通じない。そのような連中には、科学的な主張や論理的な主張がまったく通らないののである。
すべては主観。お肌によさそう、関節痛が治りそう、健康に悪そう、被曝してがんになっちゃいそう。すべてイメージで行動している。アホ丸出しである。

自分で調べようともせず、考えようともしない。客観的に判断することができず、すべて主観に任せる。これでは人として恥ずかしい。
何も考えず、主観だけで動く人がお隣の国に大勢いるわけだが、そんな連中を見て眉をひそめる人たちも違った意味で主観で行動していては、結局は同じということである。
そんなふうにだけはなりたくないと思う。

20150224-1

22日(日)の夜から今日にかけて、世間を少し賑わせたプロレス関連の話題がある。とはいっても、全然いい話ではない。

22日に後楽園ホールで行われた女子プロレス団体「スターダム」のプロレス興行で、メインイベントなった試合で、挑戦者の安川惡斗(28)がチャンピオンの世IV虎(21、以下ヨシコ)でおよそプロレスとは思えないほど殴られ、文字通り顔がボコボコになるという"事件"が起きたのだ。

ことの発端は、試合開始直後に安川惡斗がヨシコに対して顔面フックをかましたことにある。ヨシコがプロレスの立会に応じず、挑発するので顔に1発グーパンチを入れた。
するとヨシコがそれにブチ切れ、安川の顔面にグーパンチをお返し、互いにノーガードで顔面を殴りあう事態になってしまった。

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世IV虎

プロレスでは顔面へのグーパンチは反則である。天龍源一郎がグーパンチをやるわけだが、寸止めに近い形になっている。かつて、天龍が神取忍と試合を行い、神取がボコボコにされたことがあったが、この日の試合はそんなレベルではなかった。

安川が鼻から大量に出血したため、レフェリーが試合を一旦止め、ヨシコに「お前はチャンピオンだぞ」と怒鳴りつけたが、試合再開後もヨシコは顔面パンチをやめなかった。馬乗りになってパンチと掌底を浴びせ続けた。
安川はもはやグロッキー状態で、パンチを受け続けるサンドバック状態になっていた。

実は安川は、白内障のために殆ど見えなくなっていた右目を昨年手術し、12月に復帰したばかりだった。ヨシコはその右目をパンチで執拗に攻め続けた。
安川は気力で立ち上がるものの、顔面が明らかに変形しており、レフェリーが試合をストップ。セコンドがタオルを投げ入れて試合が終わった。
安川は救急車で都内の病院に緊急搬送され、顔の骨の複数箇所が折れていることが分かった。

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美形レスラー安川惡斗が酷い顔に

総合格闘技ならもっと前にレフェリーが試合を止めているが、プロレスでまさかここまでやるとは思っていなかったのか、判断が遅れた感は否めない。
しかし、安川をタコ殴りにするヨシコに対し、観客から「プロレスをやれ」と罵声が飛んだのだが、ヨシコはお構いなしだった。

ヨシコはプレイベートでも安川をよく思っていなかったらしく、この試合で日頃の不満が爆発したようだ。
だが、いくらヒール(悪玉)のレスラーとはいえ、ものには限度がある。それに、プロレスファンはこんな凄惨な試合を見たいわけではない。こんなもん、地下格闘技でもやらないレベルであり、刑事事件になってもおかしくない。

プロレスファンの立場で言わせてもらうが、プロレスにはある程度のお約束があるし、技をかけられるレスラーはそれを受けねばならない。だが、受けるにしてもただ受けるのではなく、怪我をしないようにキッチリと受け身の技術を身に付ける。
日本のプロレスは、アメリカのプロレスでは絶対にやらないような垂直落下式ブレーンバスターを頻繁に行う。アメリカではアホな視聴者が真似をしないよう気を付けている面もあるが、それだけ日本のレスラーの技術が高いのである。

ヒールのレスラーにしても、当然であるが悪役であって、本当の悪人ではない。本当の悪人はプロレスという興行には参加できないのだ。
にも関わらず、ヨシコはプロレス興行に私情を持ち込んで、気に入らない相手を滅多打ちにした。
ヨシコは間違いなくスターダムはおろか、プロレス界からも追放されるだろう。プロレスだけではなく、人としての最低限のルールも守れないヤツにしか見えない。そんなリアルに悪いレスラーの試合を見たいプロレスファンなどいない。

最近は、きめられたルールだけでなく、暗黙のルールとか人として最低限のルールを守れないヤツが多すぎる。
川崎市で13歳の少年が年上の少年らに殺される事件が発生したが、事情聴取を受けているヤツらは、人を殺してしまうという最悪のルール違反を犯した。グレて、後輩を苛めるだけでなく、やってはいけないことに踏み込んでしまった。

イスラム国の連中も同じである。あいつらはイスラムの法に則っているとして、捕虜を残忍な方法で殺害したり、テレビのサッカー中継を見ていた子供を公開処刑にしたり、携帯電話を使ったという理由で女の手首を切り落としたりする。人としてのルールを逸脱しすぎているのではないか。

このようにルールを守れない、いや守ろうとしないヤツらは追放するしかない。
ヨシコはプロレス界から、殺人事件の犯人は社会から、テロリストどもは世界から、さっさと追放して貰いたい。

20150223-1

21日(土)の晩、フジテレビ系列で放送された「中居正広の『終活』って何なの?」という番組を見た。
誰もが迎える死について、自分がどのような人生の終わらせ方をするか考える番組だ。

番組の内容はなかなかよかった。まだまだ寿命を迎えるような歳でなくとも、自分がどのように死ぬかとか、家族をどのように看取るかなどを真剣に考えねばならない。
「いろんな死に方があるもんだ」と思ったが、どうしても違和感があったのが50代の女性が乳がんの治療を一切せず、緩和ケアのみで残りの余生を過ごすことを決めたという判断だ。

この女性がそのように決めたのだから、どうやって死んでも個人の勝手だが、この女性の一方的な意見だけを紹介するのはよくないと思った。最後に医師が若干フォローしていたが、ないにも等しかった。

その女性はリンパ節への転移も認められた末期の乳がんで、1日に何回か正常でいられなくなるくらいの激痛が走ってもだえ苦しむ。睡眠中に乳がんの右乳房の表面が破れ、血が滴り落ちて、膿も出る。そんな状態で生活している。
日本の医師はすぐにがんを切除しろというが、切除しなくても、放射線治療や化学療法で乳がん自体は幾分か緩和していたかも知れない。がん自体への治療を何もせずに死ぬのもひとつの手ではあるが、「ひとつくらい何か試せよ」と思わずにはいられなかった。

その女性は、がん治療の副作用で苦しむ患者を見て、「自分はこうなりたくない」と決意し、がん宣告した医師に対して無治療を宣言した。
少しくらいがんの治療を試してからでも遅くないはずである。最初から決めてかかることなんてなかろう。
現に、私の父や義母はがんが原因で死んだわけだが、放射線治療や化学療法に対して副作用がほとんどなかった。特に父は、放射線治療も化学療法も副作用が皆無で、治療直後も翌日も大学病院内をウロウロ歩き回っていて、大学病院の医師に「これほど副作用がない人は珍しい」と言われたくらいだ。

がん治療の副作用については、体質によって違う。ゲーゲー吐くほど辛い思いをするかも知れないが、父のように何もなくて平然としていられるかも知れない。その中間くらいかも知れない。
父の場合は、放射線治療で食道がんの縮小が認められたが、結核に罹患してしまったことによって放射線治療が継続できなくなり、結局結核治療の間に食道がんが進行してしまった。
もし結核に罹らなければ、まだ生きていたかも知れない。

番組内では、「がんもどき」理論を唱える近藤誠医師のことにはまったく触れられていなかったが、この近藤とかいう医師が「がんには"がんもどき"という成長しないがんが多いので、放置して構わない」という主張をし、著書がバカ売れしたせいでがんの放置、無治療が選択肢のひとつとして広く認知されるようになってしまった。
いろんな意味で間違っていると思う。自ら選択肢を狭める必要なんかない。

がんを完治できることなど滅多にないかも知れない。それでも、QoL(生活の質)を高める必要はある。がん治療を行うことで、症状が少しでも緩和される可能性があるのなら、試してみて損はない。その上で、がん治療を続けられないと判断したのなら、止めればいい。
そうでもしない限り、家族は納得しないだろう。

家族が辛いのは、身内が死ぬことだけではない。身内が苦痛に顔歪め、痛さにもんどり打つなど、苦しんでいることを見ることである。
私が父から聞いた最後の言葉は、「いよいよアカンな」だった。割と最後まで大丈夫そうだったが、死ぬ数日前に歩行がちょっと怪しくなり、簡易トイレを個室のベッド脇に置こうと看護婦に提案されて発した言葉だ。
そのあと、普通なら2週間くらいかけて死ぬことが多いらしいが、父は3日で死んだ。それまで保っていた緊張の糸が切れたのかも知れない。
死ぬ少し前はモルヒネの量を増やされて小康状態だったが、それまではかなり苦しそうに咳をすることがあった。私には何も言わなかったが、母にはメモ帳に「もう死にたい」と書いて渡したこともあったそうだ。

今や国民の半分くらいががんによって死ぬ。いずれ父のように死ぬことになる可能性が高いわけだが、なるべくできる限りの治療をして死にたいと私は思う。何もしなくて死ぬという選択はすごく勇気がいることかも知れないが、治療することも勇気がいることである。
自分のためだけでなく、家族のためにも、治療と緩和ケア、両方を受けるべきなのではないかと思う。

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