先っちょマンブログ

2015年07月

20150731-4

少し前から裏庭にハチがよく飛んでいた。アシナガバチだろう。
ハチくらい気にしないのだが、裏庭にハチが飛んでいると、うちの犬がそれを咥えようとして飛びかかるからハチを追い払う必要がある。

ハチの方が素早いので、犬が飛びかかっても空中で歯をカチカチ鳴らしているだけだが、まぐれで口の中に入ってしまうかも知れない。そうなると、口の中をハチに刺されて犬の顔が大変なことになる可能性がある。
だから、ハチを追い払わねばならないのだ。

やたら見かけるので、どこかに巣を作ろうとしているのではないかと疑っていたが、週末にテラスの整理をしていて、棚の下にハチが巣を作っているのを見つけてしまった。
2~3匹のハチがいて、巣を作ったり幼虫の世話をしている。
そのままにしておくわけにはいかないので、ハチを追い払ったあと、巣を棚から切り離した。巣の中にはハチノコが20匹くらいいた。

そいつらには可哀相だが、死んで貰うしかない。私は無益な殺生がキライなのだが、家にハチが来ると困る。ハチの巣だけどこかに移せば、成虫のハチたちもそこに移ってくれればいいが、そううまくはいかない。
後ろめたい気持ちに浸りながらハチの巣を雑草を積んである場所に捨てた。

虫でもそんな感じだから、動物が死ぬのはもっと苦手だ。保健所で犬猫が殺されているのは想像もしたくないし、道端で猫が轢かれて死んでいるのも見たくない。
たまに犬の散歩をして野良猫に遭遇すると、猫以上にこちらが緊張してしまう。あまり驚かせると、歩道から車道に飛び出す恐れがあって、そのまま車に轢かれてしまうかも知れない。特に危ないのが子猫で、どこに行くかも分からないし、安全なところに逃げたとしてもめちゃくちゃ逃げて親猫とはぐれるとあとで可哀相なことになるかも知れない。

それほどナイーブな私だから、動物を殺す行為が信じられない。酒鬼薔薇聖斗のようなド変態が猫を惨殺したり、鳩と痛めつけたりしているわけだが、そんなヤツは死んでしまえばいいと思う。
動物のハンティングも理解できない。増えすぎたシカを減らすための猟ならいいと思うが、シカやウサギ、クマなどを射殺して楽しんでいる人がいる。
一体なにが楽しいのか。

数日前から、「ジンバブエでもっとも有名なライオン」を殺したアメリカ人歯科医師が話題になっている。
この歯科医師ウォルター・ジェームズ・パーマーはジンバブエでライオン狩りをするため、現地ガイドに5万ドル(620万円)を渡して狩りのセッティングをさせた。ワンゲ国立公園から狩猟区域にライオンを誘き寄せ、矢を撃ったが仕留められず、逃げたらイオンを40時間探してライフルで仕留めた。
ライオンを仕留めてから、ライオンの首にGPSの追跡装置が取り付けられていることに気が付いた。しかもそのライオンは、ジンバブエでもっとも知られる黒いたてがみを持つセシルだった。
パーマーとガイドは慌ててセシルの首を切り落とし、その首をどこかに遺棄。パーマーは逃亡したが、ガイドは逮捕された。

ジンバブエ観光局がパーマーを名指しで批判すると、世界中からパーマーに対する批判が殺到。パーマーが不在の歯科医院にも多くの人が訪れて抗議する騒動に発展している。

前に、世界自然保護基金(WWF)スペインの名誉総裁を務めていたスペイン国王のフアン・カルロス1世が、WWFの名誉総裁であるにも関わらずボツワナで象狩りをして批判を浴びるというニュースがあった。
セシルを殺したパーマーという歯科医師も、スペイン国王と同じく狩猟愛好家で、これまでにアメリカやアフリカでクマやチーターなどの大型の動物のハンティングをしてきたらしい。

このような趣味の狩猟を行うのは白人が多い。こいつらは殺した動物を剥製にするくらいで、無益な殺生を繰り返す。
白人連中はこんなヤツらが多いのに、日本のクジラ漁を残酷だと批判する。
今回、パーマーは白人連中からも批判されているわけだが、その手合の白人は、ライオンもクジラも同じ扱いをする。クジラ漁の場合、趣味で楽しむためにやっているのではなく、食料にするための商売でやっているのに趣味の狩猟と同じ目線で批判する。
殺した動物と一緒に記念撮影をしてSNSにアップしているだけだけのヤツらと、クジラ漁が同じなわけがないのだが。

ところで、当のパーマーはセシルを射殺したことを認めた上で、「自分はジンバブエの正式なハンターガイド協会に依頼して狩りをしただけであり、困惑している」との声明を出した。
現地のガイドが違法なことをしただけだと弁明しているわけで、ある程度は理解できるが、ライオンを違法に誘き寄せたことは理解していたはずで、その罪からは免れないだろう。
ライオン殺しの罪がどうあれ、ここまで騒ぎになってしまえば社会的に抹殺されたも同然で、歯科医師としてやっていけなくなるだろう。そうなると、1回何万ドルもかかるアフリカでの動物殺しも気軽にできなくなってしまう。

パーマーのホンネとしてはこうだ。「誘き寄せたアイツが有名なライオンだと分からなかった。オレはなんてついてないんだ」
まさに後悔先に立たず。ライオンの首をチェックするのではなく、最初からアフリカでライオン狩りなんかしなければ、こんなトラブルになることもなかった。

先のフアン・カルロス1世はボツワナでの象狩りで腰の骨を折ってしまい、象狩りをしていたことがバレてしまった。
ウォルター・ジェームズ・パーマーは、調子に乗って猛獣狩りを続け、人々の注目をあびるようなことをしてしまい、人生をパーにしてしまった。
まるで、こいつらには仏罰が下されたみたいではないか。いい気味だと思ってしまう。

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先日、東京メトロ北千住駅の駅名表示板が「北千住」ではなく「北干住」になっていたというニュースがあった。「千」(せん)ではなく「干」(ほす)だったのだ。
LED照明化にあたり表示板27枚が新調されたが、デザイン会社も東京メトロの担当者も気が付かなかった。7月1日~7日に入れ替えされたが利用客も気付かず、21日になって運転士が誤りに気がついたのだという。

どうやったらこのような間違いになるのだろうか。なんとなく想像がつくのは、デザイン会社がCADなどでデザインをするとき、「きたせんじゅ」を変換して単語にすると文字と文字の間隔が調整できないから、「北」「千」「住」をそれぞれ1文字ずつ出力して、ちょうどいい塩梅に並べたからではなかろうか。
それでも「千」ではなく「干」になることが理解できないが、「北千住」の地名を知らない人だったら、デザインのラフ画のようなものを見るとそうなってしまうのかも知れない。外国人が担当していて、日本の地名を知らないとこうなる可能性がある。

東京メトロは恥をかいたが、これはデザイン会社の責任でもあるので、取り替え費用などは折半したのかも知れない。
いずれにしても、笑い話である。

「干」という漢字にまつわる間違いで、英語圏で有名なのが中国のめちゃくちゃな英訳表示の吊り看板だ。
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「干菜类」と書いてあるが、その対訳として下に「Fuck Vegetables」と書かれてある。どう考えても、看板に「Fuck」という単語が出てくることがふさわしいと思えない。
どうすればこんなことになるのか。

簡体字表示の「干菜类」は、日本の漢字で表記すると「乾菜類」である。日本人なら、この字面を見れば乾燥野菜の類が売られているスーパーの吊り看板なのだろうと思うはずだ。

「干」という漢字は「乾」という漢字の簡体字であるが、「幹」という字の簡体字でもある。ふたつの漢字をひとつで表記する意味が分からないのだが、とにかくそうなっている。

「乾」という字は中国語でも乾燥を意味する。
「幹」はだいぶ違っていて、「やる」とか「する」とかそんな意味なのだが、中国語圏でよく聞くのが「幹嘛」(ガンマー)という単語だ。親しい間柄のときに「なんだよ」といった意味で使われる。
ただ「幹」には「女を犯す」という意味もあって、英語の「Fuck」の訳として「幹」が当てられることになる。

「干菜类」の英語訳を担当した人物は、「干(幹)だからFuck」、「菜类(菜類)だからVegetables」とアホみたいな翻訳をしてしまったのだろう。
少しくらい英語の常識があれば、不適当であると分かりそうなもんだが、中国には驚くほど英語を知らない中国人がたくさんいる。

同じように、「干」の字が関わる中国語でめちゃくちゃな英語訳があったと7月28日に中国で話題になったことがあった。
広東省の道路看板について、地元紙の羊城晩報が「广佛新干线をGuangfo Shinkansenと訳している」とニュースにしていた。
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【羊城晩報】快速路“广佛新干线”变“日本列车新干线” (7/28)

「广佛新干线」を日本の漢字で表記すると「広仏新幹線」である。「広仏」は地名で、「新幹線」は「新しい幹線道路」という意味だ。
ところが、この看板のデザインを担当した人物は、「广佛」を「Guangfo」としたのはよかったが、「新干线」をGoogle翻訳などで訳すと「Shinkansen」と出る。それでそのまま「Guangfo Shinkansen」としてしまったのだろう。

ちなみに、中国ではGoogleにアクセスできないが、その代わりにメジャーな百度にも翻訳サービスがあって、そこで「新干线」を翻訳してみたら「new trunk」と出た。「trunk」だと電話線などの幹線になってしまう。本来ならば高速道路だったこともあり、「Guangfo New Highway」とすべきだったと思う。

日本にも酷い英語表記が山ほどあるので人のことは笑えないのだが、それでも中国の間違いは程度の差では済まされないほどぶっ飛んでいる。
なにもかも適当な中国らしい間違いが本当に多く、ある意味でスゴい国だと改めて思い知らされた。

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週末の夜中に駅前で犬を散歩させていたら、居酒屋から出てきた外国人10人ほどが何やら楽しそうにしていた。酒が入って陽気になっていたのだろう。
それを見ながら横を通り過ぎたら、20代くらいの若い男が追いかけてくるので何かと思ったら、その男は私が連れていた柴犬を指さして、スマホで撮影していいかといった雰囲気のジェスチャーをしていたので、笑顔で「どうぞ」と返したら何枚か写真を撮り、「Thank you, 謝謝」と言って去っていった。
以前、高速道路のサービスエリアで休憩中に犬を歩かせているときに台湾人に声をかけられたりしたし、神社近くを歩いているときに白人に後ろ姿を写真に撮られたことがある。柴犬は外国人から人気なのだ。

居酒屋から出てきた外国人は、どうやら中国語を話す外国人だったらしかったが、台湾人なのか中国人なのか、或いはシンガポール人なのかは分からなかった。多分、台湾人か香港人だと思う。
日本に観光に来る中国人はビザの関係上ツアー客が殆どで、よほどの金持ちでない限り数人のグループで移動しないし、そもそも滋賀くんだりまで来たりしない。

ただ、中国人でないにしても、なぜ滋賀のクソ田舎の駅の居酒屋で観光客が飲んでいたのかという疑問があるのだが、写真を撮っていった男は手に伊勢丹の紙袋を持っていたので何となく想像がついた。
円安などの影響で外国人観光客が急激に増えたわけだが、関西はその影響をもっとも受けた地域かも知れない。関空から就航しているLCCのおかげで、アジアからの観光客が爆発的に増え、今や関西ではホテルの稼働率が100%に近いところが多い。
仕事で関空の早朝便に乗る必要があったとき、前泊するために関空近くのホテルを探したのだが、空き室が本当に少なくて困った。少し前まで関空近くのホテルはガラガラで、ワシントンホテルクラスのビジネスホテルでも4500円くらいで泊まれたのに、今は8000円くらいフルで取られる。
大阪市内や京都市内はビジネスホテルが軒並み満室なので、関西出張を嫌がるビジネスマンも多い。

滋賀の田舎の居酒屋で飲んでいた外国人は、京都観光をして伊勢丹などで買い物をして、本来ならば京都に泊まりたかったはずだが、週末でホテルが取れなかったためにJRで移動して滋賀のホテルに泊まったのだと思われる。
外国人観光客誘致でいえば屁みたいな滋賀であるが、ホテル業界はこうやって京都からのおこぼれに与っているのかも知れない。

外国人観光客によって日本のいろんな業種が儲かっている。ホテルなどの観光業はもちろん、中国人の爆買いのおかげで大型電気店やドラッグストアなどの小売店、家電メーカ、製薬会社も儲かっている。
いいように思えるわけだが、ホテル不足が頻発する関西のように、日本人の生活に影響を及ぼしつつあるのも確かだ。
中国人が紙おむつの「メリーズ」を買い占めたところで、ほかの紙おむつを買えばいいし、目薬を山ほど買って行かれても在庫切れにはなるまい。

当面は問題なさそうなのだが、香港で中国人が嫌われ、疎んじられている現状を見ると、外国人相手にカネ儲けできるからといってヘラヘラしていると、そのうち問題が出てきそうな気がする。
香港の場合、深圳から中国人が買い付けのためだけにやってくる。一般の中国人が香港へ渡り、そこらの商店で中国で売れるものを買えるだけ買い、中国本土側に戻ってブローカーに売って差額の利益を出し、小遣い稼ぎをしている。
香港で暮らしている人は堪ったもんじゃなく、生活必需品が買いにくくなったり、売っていたとしても小売店は安売りをする必要がないから以前よりも高値で買わねばならない。
香港人がブチ切れし、本土の人間に対する抗議デモをやるのも当然といえるような状況だった。

日本の場合、紙おむつの「メリーズ」は在日中国人が買い漁り、それをブローカーに卸すという感じになっている。粉ミルクや医療品などもそうだが、船便や航空便の運賃がかかるために香港ほどの買い占めではない。観光客が買う分もたかが知れている。
だが、2020年に訪日外国人2000万人を目指すという目標が早期に達成できそうな今、もっと増やそうとして中国人へのビザ緩和などをさらに行った場合、いろいろとトラブルが増えるのは間違いない。
現に、関空でも台湾の桃園空港でも、ロビーで段ボール箱に荷物を詰め込み、それを台車に何段にも積み上げている中国人をたくさん見た。たくさん見たというより、ほぼすべてがそうしている。「日用品など買って帰るなよ」と思うわけだが、そんな常識は中国人には通用しない。得だと思ったら買えるだけ買うのが中国人である。

日本で日本人がホテルを取れず、飲食店に行けば外国人で騒々しくゲンナリし、生活必需品が思うように買えず、挙句の果てには物価値上がりまで引き起こす。そんなことになったら、外国人へのおもてなしどころではない。

どう考えても、外国人観光客が急激に増えすぎである。今のところはメリットの方が圧倒的に多いが、そのうち逆転してデメリットの方が多くなるかも知れない。
そうなる前に手を打たないといけないわけだが、ホテルなんぞは急に建てられるわけでもないし、ブームが去ったあとのリスクを考えると増やせられない。中国人のために便座や目薬の生産を増やすくらいで済むならいいが、需要に供給が追いつかないような状態になった場合、日本人への影響は避けられない。
ホテルの取り合いだけでなく、食料品や紙おむつを日本人と中国人が争って買うような事態にならなければいいのだが。

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産経新聞で今日から神風特攻隊に焦点を当てた「特攻」という特集の第2部が始まった。
1回目の今日は、昭和20年に沖縄近海で散った22歳の特攻隊員の話だった。

教員を目指していた長男が飛行兵になると言い出し、特攻隊員として送り出した母親が、昭和52年の33回忌で声を出して長男の名を呼び、泣き崩れたのだという。それまで国のために送り出した子供だったが、33回忌を機に自分の子供になったので、そこで初めて泣いたのだという。

特攻隊員として戦死したこの長男は中西伸一少尉という。中西少尉には6歳年下、16歳の親しい女性がいた。書店で出会い話をするうちに親しくなった。
戦後10年経った昭和30年にこの女性から連絡が来て、墓参りをしたいと申し出があった。当初は家族にもどういう関係だったのか明かさなかったが、数年経って自分が中尉に惚れていたと明かしたという。
戦地に向かう前の少尉に対し、「捕虜になってもいいから生き延びて」と思わず本心を口にしてしまったが、少尉は負け戦の無念さや国家の一大事に国民が殉ずる使命感などを説き、「自分だって死にたくはない」と漏らしたという。

女性は中西中尉と手紙のやり取りもしていたが、もう手紙を寄越さないでくれと連絡があったという。出撃が近いので手紙の返事が書けないことが理由だった。手紙の最後には「さようなら」と添えてあったという。

ときが過ぎて平成8年。鹿児島の知覧での慰霊祭に出席した中西中尉の弟が、その女性に兄の遺品を知覧特攻平和会館に寄贈すると伝えた。すると女性は一晩だけ軍服を貸してくれとお願いした。
翌日、目を真っ赤に腫らした女性が、弟の元へ軍服を返しに来た。弟はその女性が兄の軍服を抱き、泣きながら寝たのだと感じた。

まるで特攻と純愛をテーマにしたような話に、読んでいて胸が熱くなった。

今日の産経新聞のなかほどには、曽野綾子氏のコラム「透明な歳月の光」が掲載されていて、先日放送された長崎の原爆被害にあった少年を撮影した米軍カメラマンのドキュメンタリーのことが書かれていた。
曽野氏は「衛星テレビの番組」と書いていたが、おそらくCSのヒストリーチャンネルで放送された「原爆の夏 遠い日の少年」という2時間のドキュメンタリー番組だと思われる。これは2004年にTBSが制作し、総務大臣賞、日本民間放送連盟賞テレビ報道部門賞、文化庁芸術祭テレビ部門優秀賞などを受賞した作品だ。

このドキュメンタリーは、日本の敗戦後9月に海兵隊のカメラマンとして佐世保に来たジョー・オダネル軍曹の話だ。
オダネル氏は許可なく日本人を撮影してはいけないと軍から命令されていたが、それに背いて原爆被害のケロイド症状に苦しむ子供などを撮影していた。
そのなかでもっとも有名なのが「焼き場に立つ少年」と銘打たれた写真だ。

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幼い弟を背負って裸足で火葬場にやってきた少年が、直立不動で順番待ちをしている写真である。
実はこの弟は既に亡くなっており、少年は弟を火葬するためにやってきて、順番待ちしていたのだ。少年の両親は原爆被害で亡くなっていた。
少年は職員に弟を渡し、火葬される様子をじっと見ていたが、ぎゅっと噛みしめていた唇からは血が流れていたという。

オダネル氏は個人で密かに撮影した原爆被害の写真や日本人の写真を43年間封印してきたが、偶然立ち寄った修道院にあった反核運動の彫像を見て心を揺り動かされ、その封印を解いた。その彫像の表面には原爆被害に遭った人たちの写真が貼られていた。
オドネル氏は原爆が誤りであったことを示すため、自らが撮影した写真の展示会を開こうとするが、退役軍人などの強い反撥にあって思うようにアメリカの人々に知らしめることができなかった。

オダネル氏の家には「アメリカから出て行け」といった脅迫の手紙が届くようになり、夫の行動に理解を示さなかった妻とは離縁した。アメリカ全土から批判にさらされるなか、オダネル氏の娘が父を擁護する投稿があると教えてくれた。「オダネルを批判するヤツらは、原爆とはなんだったのか、なにをしたのか、図書館に行って歴史から勉強してから批判しろ」という内容であった。
その意見に感銘したオダネル氏が投稿者の名前を見ると、それは自分の息子だったという。

オダネル氏は生涯忘れられない記憶となった長崎の少年を探すため10年にわたって何度も来日し、地元紙も呼びかけたが少年の消息は掴めないまま亡くなってしまう。奇しくも長崎への原爆投下の日と同じ8月9日だった。
オダネル氏の息子は亡き父の意志を引き継ぎ、全米に向けて写真の公開に踏み切った。父と同じように批判が多く来るが、賛同する意見も増えてきたという。

未だにアメリカ人は「ソ連侵攻前に戦争を早期に集結させるため」、「アメリカ人のみならず、日本人の戦死者も少なくさせるため」という理由で原爆投下の正当性を主張している。
それらの効果はある程度あったのかも知れないが、実際は原爆の効果を確かめるために日本で人体実験を行ったに過ぎない。日本のサヨク連中もそれに呼応するかのように「日本がお灸を据えられた」と言わんばかりの主張をするが、原爆投下に正当性などありはしない。

それでもアメリカ人の考え方も変わりつつある。
世界でもっとも信頼されていると言われるトリップアドバイザーによる広島平和記念資料館は、「外国人に人気の日本の観光スポット」で2013年に1位、2014年には2位、今年も2位で、アメリカ人には1位なのだという。
資料館を訪れた外国人の多くは「Must see」(ぜひ見るべき)の評価を付ける。それぞれの評価はどうあれ、原爆がいかなるものだったかを知ろうとする姿勢は評価できる。

曽野綾子氏はコラムで戦後の日本人は至るところに毅然として運命に耐える日本人がいたと結んでいたが、原爆の惨状に触れ、あまりの悲惨さに長年記憶と記録を封印してしまうものの、やがてそれらを公開し、批判に晒されるオダネル氏もいた。
彼もまた、運命に耐えた人であった。

今日の産経新聞はいろいろ考えさせられた。

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洋画を見るとき、日本語字幕と日本語吹替でそれぞれメリットとデメリットがある。
日本語字幕の場合、字幕に文字数制限があり、目安は1秒4文字とされている。もう少し多くても判読できるので、必ずしも1秒4文字ではなく少し多くなったりするが、そうなると読む方が疲れるので、基本的には1秒4文字の制限がある。となると、文字数制限に合わせて意訳が出てくるため、字幕のセリフだとニュアンスが違ったりする。
吹替の場合、字幕よりもセリフで伝えられる量が多くなるので、セリフのニュアンス的には英語に近くなるだろうが、役者の演技自体を見られなくなるし、効果音なども置き換えられている場合も多い。

DVDやBlu-rayは昔のビデオテープと違って英語音声日本語字幕と日本語吹替の両方が入っているから、どちらも見るのが正しい視聴方法なのかも知れない。

これを考えると日本語は文字にすると字数が多くなって制限のある翻訳にはいろいろ問題が出てくると思い知らされるが、英語字幕の場合はもっと厳しい文字数制限があって、1秒12~16文字程度が目安らしい。英語は文字の種類は少ないが、文章にすると文字数は多くなる。
英語は字幕にはやや不向きな言語なのかも知れない。だから、英語圏では外国映画は字幕ではなく吹替が多いのかも知れない。

テレビが地デジになってから、ドラマなどは完全に字幕がつくようになったが、字幕だけ読んでいるとかなり疲れる。慣れないと字幕ばかり読むハメになってしまう。
その点で比較すると、字幕にするのに優れているのは中国語なのかも知れない。

前に台湾のテレビ番組をよく見ていると書いた。台湾のテレビ番組は、生放送でない限り基本的に字幕がつく。昔からドラマでもバラエティでもそうだ。
戦後、台湾に蒋介石率いる国民党の連中、いわゆる外省人が流入し、台湾の国語が台湾華語(北京語)となった。元々台湾にあった閩南語系の台湾語や客家語しか話せない人たちは北京語を聞き取れなかったが、発音は違うが漢字表記にすると同じだったりするため、字幕をつけると北京語が理解できたりするらしい。そこで北京語普及のために字幕がつけられるようになったと聞く。

理由はともかく、台湾のテレビ番組すべてに字幕がついていると、中国語初心者は非常に助かる。中国語の声調は話すのも難しいが、聞き取るのも難しい。英語なんか屁みたいに思えるレベルだ。
だが、字幕があると、中国語の語彙さえある程度習得していれば意味が分かる。
漢字は表意文字であるため、知らない単語でも日本語と中国語で大体の意味が同じなら、大体分かる。

台湾のテレビ番組にすべて字幕がつけられるのは、中国語が字幕表記に適した言語だからだろう。表意文字は1文字で表すことができる意味が多い。だから、話す速度と読む速度が同じくらいである。世の中にこのような言語はほかにないのではないか。

日本語でも漢字を使うため、字幕の適性でいうと中国語と英語の真ん中くらいだろう。漢字を増やせば増やすほど、文字数節約で文章に持たせる意味を圧縮できる。
日本語で使われる漢字は、外国人が日本語を修得する上での高いハードルになっている。中国語は英語と文法が違うが、日本語はまったく異なる。日本語は主語も曖昧だし、ほかの言語にはない助詞の使い方が難しい。だが一番難しいのは漢字だ。中国語の漢字は読み方が1種類しかないが、日本の漢字は音読みと訓読みがあり、その読み方は何種類もあったりする。
漢字自体覚えるのが難しく、読み方も複雑すぎるので、外国人が日本語をマスターするのはかなりの困難を要する。

もし日本語に漢字がなければ、小学校、中学校で2000字を超える常用漢字を習う必要もなくなり、国語の勉強は簡単になるかも知れない。
しかし、日本語のすべてを平仮名と片仮名で表記すると、読むことが難しくなる。その上、見た目の文字数が増え、映画の字幕制限はもっと酷くなり、書籍や新聞はページ数が倍増することだろう。
いいことなど何もない。

国語で漢字を使っていたのに、漢字表記を廃止した国に韓国とベトナムがある。どちらも長らく中国の属国だった国だ。どちらの国の言語も語彙の7割程度が漢字語であるが、ベトナムは1954年に漢字を全廃、韓国では1980年代頃から漢字の使用頻度が下がり、今では韓国でもほぼ見られなくなった。
韓国語は日本語より発音の種類が多いため、漢字表記せずにハングルのみで記述しても同音異義語は少ないが、それでも漢字語が多い国語で漢字表記を廃止すると、元の言葉が何かが分からなくなってしまう。これはベトナム語でも同じだ。

ベトナムはフランス統治を経た戦後の社会主義国家成立により、国語の独自の文字で表記するように決められたが、韓国の漢字廃止はそれとは異なる。
軍事政権が終わって民主国家となり、国が豊かになるにつれて自信をつけていった韓国人は、かつて公文書をすべて漢文で書くほどシナの属国であったことを恥じ、中国文化色を少しでも落とすために漢字排斥に進んだ。
今では、漢字も読めない若い連中が「漢字は未開な文字」などと言い出す始末である。日本語についても「漢字を使う未開な言語」と考える輩がそこそこいる。

FとPをちゃんと区別できない発音で、地球の文明史上もっとも遅く発明されたハングルを用い、単語の成り立ちも分からなくなっている言語を使っておきながら、よその言語を悪く評価することが理解できないが、韓国人は他人を見下げて自分たちのアイデンティティを確立させるような連中だから仕方がない。

韓国人は自ら漢字を捨てて退化しておきながらほかを言語を論評するが、言語に優劣などないだろう。英語には英語の、中国語には中国語の、日本語には日本語の得手不得手がある。
英語は文字数が少なく、文法も割と単純で身につけやすい国際言語だ。中国語は文字の種類は圧倒的に多いが文字数はほかの言語より圧倒的に少なく済むが、外来語は苦手だ。日本語は習得が困難であるが、発音の種類が少なく簡単で、外来語も柔軟に取り入れることができる。
韓国語のことはよく知らないが、いいところがあり、悪いところもあるのだろう。

韓国人の自尊心など知りたくもないが、自分たちの地位を相対的に上げるため、「韓国語は中国語や日本語より優れている」とか、「ハングルは世界一優れた文字」などと主張するのが本当に鬱陶しい。優劣のつけられないことにまで優劣をつけて何の意味があるのか。
ただ単に韓国人が自画自賛したいために貶められる中国語や日本語は堪ったもんじゃない。

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