20151120-1

1989年、ビルマに軍事政権が誕生して国名がミャンマーに改められたとき、「ニュースステーション」で久米宏が「自分はミャンマーという国名を使わず、ビルマという国名を使い続ける」と憤慨していたのをよく覚えている。
日本政府は軍政を認めてミャンマーという国名を了承したが、朝日新聞は久米宏と同様にミャンマーを認めず、同紙の記事では2012年まで「ミャンマー(ビルマ)」と旧国名を併記していた。

ミャンマーは長らく軍事政権が続いていたが、先の総選挙でアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が勝利した。軍政が終わるわけだが、そのあとミャンマーにバラ色の民主主義が訪れるのかは甚だ疑問である。

これからのミャンマーを引っ張っていくことになるアウンサンスーチーは1991年にノーベル平和賞を受賞している。これを受賞すると平和の使徒であるかのように見られるが、実際はのちに金大中やアル・ゴア元米副大統領、オバマ大統領などが受賞したように、中国の孔子平和賞くらいの価値しかない冗談みたいな賞である。
このオバサンがミャンマーのために身を粉にして働く保証などなにもない。

そもそも、今回のミャンマーの総選挙でアウンサンスーチーの政党が勝利したのは、アウンサンスーチーが国民に支持されたというより、軍政に嫌気が差した国民が仕方なしに選んだからである。民主党が政権をとったときのような勝ち方をしただけである。

アウンサンスーチーはオックスフォード留学時代に知りあったイギリス人と結婚し、生まれたふたりの息子はイギリス国籍である。ミャンマーの憲法では、家族に外国籍の人間がいると大統領や副大統領になることができない。だからアウンサンスーチーは大統領になれないのだが、この御仁は選挙後に「自らは大統領より上の存在になる」、「新大統領には権限はなく、自らが政権運営を行う」などと言い出した。
憲法も法令も遵守しないという恐るべき発言である。独裁宣言のようなものではないか。

ミャンマーでは今年6月に、外国籍の家族がいても大統領になれるよう出された憲法改正案が否決された。自分が政治のトップに立ちたいのなら、アウンサンスーチーはこの憲法を再度改正できるように手続きを取るべきだが、ミャンマーの議会の4分の1の議席は軍人に与えられていて、憲法改正には4分の3以上の賛成が必要であるため、軍の議席から賛成を出さねばならないのだがまったく期待できない。
だから、アウンサンスーチーは自らを大統領を超える存在であるとし、新しい大統領には権限はなく、自身が政権運営を行うなどと発言したのだ。

軍事政権が倒れて民主政権が誕生したとして、法を超える存在の独裁者が誕生するわけである。その独裁者が聖人君子のような人物であればいいが、アウンサンスーチーはとてもじゃないがそんな器でない。

仏教国であるミャンマーには、少数民族であるロヒンギャ族が130万人いるとされている。イスラム教徒であるロヒンギャの民はミャンマーで迫害を受けており、国籍や市民権、選挙権が剥奪され、国内の移動を制限され、平等な教育や医療を受けられず、3人以上の子供を生むことを禁止されている。さらには10万人を超えるロヒンギャが強制収容所に入れられているという。
ロヒンギャの町が仏教徒の暴徒に襲撃され、殺人や略奪などが横行するようになり、ついにはロヒンギャがミャンマーから逃げ出すようになった。AFP通信が伝えるところによると、ボートで逃げ出したロヒンギャたちを見かけたインドネシアの漁師が、痩せこけ、ケガをした酷い姿の人たちを見て泣き出したという。
それほど酷い状況なのだ。

それと比べると、自宅軟禁されていたアウンサンスーチーへの人権侵害など屁みたいなもんであるが、国連が「世界で最も迫害されているマイノリティ」と認めるミャンマーのロヒンギャ族に対し、アウンサンスーチーは沈黙を貫き、ロヒンギャ族への弾圧を認めてもいない。ミャンマー国内のイスラム教徒が激しい弾圧を受けていることについてBBCに追求されるも、「仏教徒も暴力を受けてきた」とごまかした。

ヒューマンライツウォッチが「民族浄化」と称するミャンマー国内のロヒンギャ属に対する弾圧は、アウンサンスーチーにとっては関わりたくない無死すべきことなのである。
国内の大多数を占める仏教徒から選挙で票を得るために、イスラム教徒の迫害について見て見ぬふりをするのがミャンマーのノーベル平和賞受賞者・アウンサンスーチーである。

そんな独裁者が誕生しそうなミャンマーになにが期待できるのだろう。
一部のマスコミは彼女の勝利を喜んでいたが、数年後にはそれを後悔することになるかも知れない。