先っちょマンブログ

2015年12月

20151231-1

年末になるとテレビの情報番組やニュースサイトでその年の振り返りをしている。それを見ると、「もう1年経ったのか」と感じ、時間が過ぎ去る早さを思い知らされる。
それに倣って適当に振り返ってみよう。

【政治】
今年の政治では安保法制や18歳選挙権の成立があった。SEALDsとかもはや「そんなんあったなぁ」レベルでしかない。
来年あたりではなんだったかも覚えていないのではないか。

【外交】
年末の最後12月28日に駆け抜けるように慰安婦問題が日韓合意に至った。両国政府はそれなりに納得しているようだが、両国国民は納得していない。特に韓国での反撥が強く、前よりも悪くなった感がある。これで終わりというよりも、これから新たな局面に入り、新たな問題の始まりのように感じる。
ほか、中国主導のAIIB設立というのがあったが、日本としてはTPPの大筋合意の方が影響がある。ただ、アメリカが議会で承認するかは不透明で、未だ先行きは不透明である。
また、世界遺産に幾つかの施設が登録されて喜んだものの、強制徴用の件で韓国に裏をかかれるという失態があった。そのうえ、南京虐殺やら慰安婦まで世界遺産に登録されようとして憤慨する国民が増えたわけだが、あれだけ世界遺産をありがたがって起きながら、海外に政治的に利用されて怒っているサマが滑稽に見えてしまった。

【災害】
9月に大雨の影響で鬼怒川が決壊し、付近の家が押し流されるなど大災害が起きた。このとき、1軒だけ流されずに建っていたばかりか、流れてきた家を受けとめた白い家が話題になった。旭化成のヘーベルハウスだ。
ところがその翌月、横浜の傾いたマンションで旭化成建材のくい打ちデータ偽装が明らかになり、鬼怒川で株を上げた旭化成グループが一気に急降下するとは思いもしなかった。

【事件】
ジャーナリストの後藤健二がシリアに入国してイスラム国関係の取材をしていたところ、逆にイスラム国に拘束され、殺害がされたのが2月。もう遠い過去のように思える。
後藤の首をナイフで切断するなど、人質の首を切り落としまくっていたジハーディ・ジョンなるイギリス人は、11月に実施された米軍の空爆で死亡したとみられる。

【国際】
今年はテロ事件が多く起きた。8月にはタイのバンコクで爆弾テロが起こり、20人が死亡、125人が負傷した。11月にはフランスのパリで同時多発テロが発生。130人死亡、300人以上が負傷した。
これらのテロを含め、重大ニュースのほとんどがイスラム教関連だ。
ついでにいうと、今年話題になったシリア難民もイスラム教徒同士の内戦によるものだ。

【スポーツ】
なんといってもラグビーW杯の日本代表の活躍だろう。3勝したこともすごいが、初戦で南アフリカに勝ったことがすごすぎる。テレビだとラグビーよりもフィギュアスケートの羽生結弦の活躍が上に上げられるが、個人的にはラグビーの方がだいぶ上である。羽生は300点越えでもなんでもやれそうな気がするが、ラグビー日本代表が南アフリカ代表に勝てるとは思いもしなかった。
録画したJ Sportsの中継や、YouTubeにアップされているイギリスでの放送の公式動画を何度も見たほどだった。



【話題】
東京五輪エンブレムのパクリ騒動から、国立競技場のやり直しまで、東京五輪にミソをつけるような悪いことばかりがあった。
明るい話題としては、ノーベル賞の医学生理学賞を大村智・北里大特別栄誉教授、物理学賞を梶田隆章・東大教授が受賞し、日本中が湧き上がった。21世紀に入ってからノーベル賞ラッシュであるが、あと数年でその勢いが衰えるだろうと言われているのが気になる。

【まとめ】
今年もいろいろあったわけだが、一番のニュースはラグビーW杯である。韓国に煮え湯を飲まされ続けたことも大きなニュースであるが、そんな不快なニュースでなく、やはり明るいニュースが一番でなければならない。
南アフリカ戦で、日本代表が世界中を魅了し、競技場内に響くジャパンコールにはぞくぞくさせられた。

今年一番印象に残った人は、南アフリカ戦の中継で何度も映されていた応援席のオッサンではなく、試合の80分過ぎ、ラストワンプレーという段階でペナルティを得た日本のリーチ・マイケルが、エディ・ジョーンズの指示に反してペナルティゴールではなくスクラムを選択したとき、応援席でひとりだけジャパンのユニフォームを着てめちゃくちゃハッスルしていた外国人女性である。
20151231-2
誰かは知らないが、めちゃくちゃ印象に残った。なにか賞を贈りたいくらいである。

そんなどうでもいいまとめをして、今年は終わり。また来年。

20151230-1

年末は家の大掃除で忙しい。年末に帰省したり海外旅行に行く人は家の掃除ができてんのかといつも思うが、毎年年末の4~5日は掃除に明け暮れることになる。
掃除が苦手な嫁さんにはキッチンを少しだけ任せ、私は自分の部屋はもちろん、寝室、リビング、1階と2階のトイレと洗面台、風呂、キッチンのシンクやIHクッキングヒーターまわり、廊下、階段、玄関などすべてやる。家は全部フローリングなので掃除したあとワックスもかける。
今年はつい先日外壁塗装を頼んだので、家の周囲の掃除はしなくて済んで助かった。

とにかく忙しいので、好きなテレビを見る時間もあまりない。手当たり次第に録画して、食事のときなど合間合間に見るようにしている。
私はバラエティ番組が好きなので結構見ている。子供がいないせいもあってか、同じくらいの年齢で自分ほどバラエティを見ている人はいないかも知れない。テレビが昔よりつまらなくなったとよく聞くが、そうとは思えない。単に昔の記憶が美化されているだけだろうし、面白さなど時代時代で変わるのだから比較することが間違っている。

年末は特に好きな番組が多いので楽しみなのだが、一昔前は格闘技の中継を見るのも好きだった。私は小学2年から新日本プロレスの中継を熱心に見るようになって、のちに格闘技全般を見るのが好きになった。K-1はそれほど好きでもなかったが、総合格闘技のPRIDEはすごく好きだった。PRIDEは人気で先行していたK-1を凌ぐ人気を誇るようになり、K-1を急襲するような形で大晦日の放送もしていた。

ところが、2006年に週刊現代がPRIDEの運営会社であるDSEと暴力団との繋がりを報じたあと、PRIDEのテレビ中継を行っていたフジテレビが契約を打ち切った。地上波のテレビ放映権料によって有名選手を呼んで試合ができていたPRIDEはそれで死んだも同然だった。総合格闘技団体としてUFCを抜いてトップに君臨していたPRIDEが、フジテレビによって引導を渡され、2007年に解散してしまった。

世界中に総合格闘技ブームを起こしたPRIDEはそれなりの価値のある団体であったが、フジテレビが殺したのだ。当時の週刊誌報道によると、コンプライアンスを重視するフジテレビは関係者として高田延彦も出入り禁止にするほどだった。
実際、DSEと暴力団の関係がどうだったのかうやむやのままで、なにがなんだか分からない状態でPRIDEは消滅した。

自分でPRIDEの息の根を止めておきながら、フジテレビはその威光を再度利用しようとしている。29日と31日に格闘技イベント「RIZIN」を開催し、それをテレビ中継する。PRIDEのスタッフが関わり、かつて出入り禁止にしていた高田延彦も連れてきた。

年末の忙しいさなか、29日の中継を見た。RIZINのカードはかつてPRIDEやK-1で活躍したロートルばかりで「こりゃ酷い」と思ったが、実際の試合内容も相当酷かった。
石井慧はアホみたいに90秒くらいで負け、桜庭和志もなにもできずにボコられて負け。ほとんど早送りで見てしまった。

昨年、ワンピースの映画かなにかを大晦日の夜9時から再放送してバカにされ、さらに視聴率も3%で爆死したフジテレビが、文字通りプライドを捨ててかつてのPRIDEにすがってもう一度格闘技イベントを開催したわけだが、本当にしょっぱいカードとしょっぱい試合ばかりである。
大晦日には曙対ボブ・サップの試合も行われるが、バカみたいな茶番になるのは目に見えている。K-1のジジイ選手もたくさん出てくる。
大晦日の総合格闘技中継は10年のブランクがあり、失われた10年を昔の選手で穴埋めしているのだろうが、それではダメだ。過去の選手が戦うだけなら、ワンピースの再放送となにも変わらないではないか。いつまで過去の人気にすがっているつもりなのか。

大晦日の夜の番組は、紅白からチャンネルのザッピングで移ってきた視聴者を釘付けにすることが大切らしい。幾らか注目は浴びられるかも知れないが、半分の家庭は紅白を見て、残りはダウンタウンを見る。ジジイの総合格闘技なんぞ誰が見るのか。
かくいう自分は、ダウンタウンを録画しておいて、録画しておいたアメトーークの5時間スペシャルを見るつもりだ。

もう一度総合格闘技のブームが来ればいいとは思うが、それを手がけるのがフジテレビではダメだろう。10年前の選手を出すのではなく、全入れ替えで新しいスター選手を発掘しないではこの先はないだろう。

20151229-1

東日本大震災における日本人の対応は外国人に衝撃を与えたのだという。まるで悲劇を受け入れたかのように淡々と列を作って並んだり、避難所でおとなしくすごしたり、復旧作業に勤しむ姿は海外ではあまり見られないようだ。
その際に海外から指摘があったが、日本人特有の「仕方がない」「しょうがない」という精神が働いているのだという。歴史的に大災害に何度も見舞われた日本人は、どのような苦しい状況でもそれを受けとめ、挫けない精神がある。

ときにこの「仕方がない」精神は、日本人の押しの弱さ、すぐに諦める姿勢として欧米人から捉えられ、否定的に見なされるのだが、あの震災で日本人の「仕方がない」という考え方は外国人から改めて評価された。
日本人は過去に囚われず、常に前を向いて進んでいくのだ。

思えば、先の戦争において、東京大空襲や広島・長崎への原爆投下など、どう考えても連合国、特にアメリカの戦争犯罪が山盛りあったわけだが、日本人は「仕方がない」として受けとめた。「日本が負けたから悪かった」、「侵略したから悪かった」という考え方が広まり、さらに日米関係が友好になってからは批判するような状況にもなっていない。
あまりにもあっさりし過ぎているので、「仕方がない」も善し悪しだと思うわけだが、それでもまあ、概ねいいことであるに違いない。

この「仕方がない」という精神を少しでも持ち合わせてくれればと思うのが中国人や韓国人だ。これらシナ文化圏の国は「仕方がない」の正反対を行く精神しか持ち合わせていない。過去のことをいつまでもグチグチ言い、数百年経ってもまだ人を恨むような精神の持ち主ばかりである。
朴槿恵が「韓国と日本の関係は千年経っても被害者と加害者の関係だ」と演説していたわけだが、こいつらには「仕方がない」とか「水に流す」とか、そういう気持ちが少しもない。

慰安婦問題の日韓合意を受けて、韓国外務省の次官が慰安婦に説明しに行き、日韓合意の内容を伝えた上で、その合意内容を事前に伝えなかったことなどを謝罪したらしい。その場で慰安婦のババアはその次官に対して「安倍が公式に謝罪し、法的に賠償すべきなのに、外務省は何をしてるのか」を激怒したのだという。
次官に激怒していた李容洙とかいう証言がコロコロ変わることで有名な慰安婦は以前、日本のテレビのインタビューで「日本の首相はずっと謝罪し続けねばならない」とキレていた。だから、今回の日韓談話で手打ちにすることなど許せないのだろう。安倍首相や次の首相が自分に跪き、謝罪しないと許せないわけだ。

また、韓国挺身隊問題対策協議会は日韓合意で決まらなかった日本大使館前の慰安婦像について「絶対に撤去しない」と宣言した。
韓国政府が強制撤去できるわけがなく、大使館前の慰安婦像は未来永劫残ることが決定した。

こうなることは最初から分かっていた。韓国人は自分が被害者となったと見るや、相手を死んでも許さない。末代まで祟るかのごとく謝罪を求め、カネをむしれるだけむしろうとする。「仕方がない」の精神がないどころの話ではない。諦めることに関して、日本人とはレベルではなく、次元が違うのである。

正直なところ、韓国政府も手を焼いているのだと思う。セウォル号の遺族が傍若無人なことをして許されるように、慰安婦にも屈服せねばならない。外交的にこれ以上日本を敵に回して損をしたくはないから手打ちにしたいのだろうが、それを国民が許さない。
日本は日本政府として謝罪し、軍の関与も認め、「人道的観点」とやらで10億円出し、折れに折れた。これも安倍首相に言わせれば「仕方がない」ということか。
しかし、肝心の韓国が「仕方がない」「しょうがない」として受け入れる気がないのなら、日本が損をしただけである。

それも含めて「仕方がない」と日本で受け入れられるだろうか。そんなわけがない。

20151228-1

28日午後2時から予定通りソウルの韓国外務省で予定通り始まった日韓外相会談は、慰安婦問題についての協議であったがほぼ合意内容は決まっていたと報道されていた。
その報道どおり、慰安婦問題で妥結した。韓国の財団に日本が財団ではなく政府の予算として10億円程度拠出するのだという。さらには、これで慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認された」らしいが、疑わしいところだ。

ゴネられて10億円脅し取られた感があるが、もしこれで本当に慰安婦問題を二度と蒸し返すことがないというのなら、10億円くらいはした金かも知れない。安倍首相が国民を代表し、日本人としてのプライドや矜恃を捨てて韓国に10億円くれてやることを決めてしまった。支持できるわけがないが、もしそれで本当に慰安婦問題がこれ以上国際舞台の場に出てこないのならば安い買い物かも知れない。

しかし、今回の慰安婦問題の妥結で、日本大使館前に設置されている慰安婦の像やこれから設置されようとしているものも含めて、日本側が求めたにも関わらず撤去するかは決まっていないのだという。
韓国政府はこれまで、あれは民間が勝手に設置したモノだから関係ないと主張しており、今後もどうしようもできないというに決まっている。
どうせ、慰安婦や韓国挺身隊問題対策協議会が今回の妥結に納得するわけないのだ。だから慰安婦の像は撤去されないし、韓国政府が国連などで慰安婦の件について日本を口汚く罵ることはなくなるかも知れないが、相変わらず民間の団体が嫌がらせをするに決まっている。

ソウルではかれこれ20年も毎週水曜日に日本大使館前で慰安婦の件で反日デモをやっている。それも終わらないだろうし、海外で進められている慰安婦の像の設置も止まらないだろう。
日本政府はカネだけくれてやって「もう忘れろ」ということかも知れないが、いくらなんでも甘すぎないか。これまで韓国には何度も騙され、何度も煮え湯を飲まされてきた。今回の妥結で、日本政府が正式に慰安婦問題を認めたとして、さらに要求してくるのではないか。

朴槿恵が韓国の反日民間団体を抑えられるほどの力があればいいが、セウォル号の遺族が暴れたりめちゃくちゃな要求をすることにすら対処できないのだから、これまで国家レベルで進めてきた反日教育によって生み出された反日モンスターを押さえ込むことなんかまったく期待できない。

これから先が見えるようだ。
韓国国内で「10億円では少なすぎる。10兆円取れ」とかいうアホな世論が巻き起こるだろう。そして、慰安婦のババアが言っていたように「安倍以降、日本の首相に土下座をさせろ」と要求するに決まっている。現に、慰安婦のババアがテレビのインタビューで同じことを言っていたのだ。「慰安婦のおばあさんが望むことを日本がやるべきだ」という気持ちの悪い正義感が韓国国内では幅を利かせる。

これまで、慰安婦問題について「解決済み」としてきたくせに、10億円といえども国家レベルの賠償を追加で支払うことにした安倍政権であるが、民間企業が韓国で敗訴しまくっている徴用工問題や、韓国政府が未だに言っている被爆者とシベリア抑留者への賠償はどうするつもりなのか。それもカネを与えてしまうのか。

朴槿恵は年内までに慰安婦問題の解決を迫っていたという。日本としては袖にすることもできたが、安倍首相の外交センスとやらで朴槿恵に大きな貸しを作ったつもりかも知れない。
しかし、韓国政府は日本に対して舐めた態度を取っても、韓国国民には頭が上がらない。慰安婦像を作ったり、日本大使館にレンガやウンコを投げつける暴徒がいても、「民間が勝手にやっていること」で終わり。韓国で次の大統領に代わればなかったことになるだろうし、日本の首相が代わってもなかったことになるかも知れない。

朴槿恵は大きな成果を作ることができた。対する安倍首相はどうか。保守層の反撥を受けるだろうし、もし韓国がまたもや慰安婦問題を蒸し返したらそれで安倍首相も終わりだ。保守層の票など大したことないと思われているのかも知れないが、本当にそうだろうか。
この時期に妥結したのも、年末年始のどさくさでやっておけば大きなニュースにならないことを見込んでいるのではないのか。

日本の国民は、韓国政府のみならず日本政府からも、とりわけ保守の政治家である安倍首相からも甘く見られている。
「どうせすぐに忘れるだろう」という思いがあるのだろうが、この件は国民は死ぬまで忘れないようにすべきだ。韓国相手にこのような取り決めがうまくいったためしがない。河野洋平のようなアホな政治家のみならず、もっとも保守的な政治家までコロリと騙されたと思い返すことになるに違いない。

20151227-1

私の父は亡くなる前にいわゆる終活というのをやっていて、自分の葬儀のときに頼む寺を自分で決めていた。父は富山県出身で富山に檀家の寺があるのだが、わざわざ滋賀まで来て貰うわけにも行かないので近くで決めたらしい。
母曰く、入院中にWiMAXでインターネットに繋がるようにしたパソコンで浄土真宗の寺を検索し、Googleマップでちゃんとしたお堂や鐘がある寺かを調べて、自分で連絡して決めたそうな。

それはよかったのだが、父が死んでお通夜のときに母が「実はオトンとこは真宗大谷派(東本願寺)らしいけど、オトンが頼んだお寺は本願寺派(西本願寺)らしいで」と言ってきた。自分の家が真宗大谷派だったことも知らなかったのだが、父親が適当に浄土真宗というだけで外観の気に入った寺を探してそれに決めたことに驚いた。
黙っていたらバレないだろうと思っていたが、坊さんが読むお経が違うらしく、伯母に「あれっ」と言って気が付いた様子だった。
田舎の家なのでそういうことにウルサイのだが、「なんか知らんけどオヤジが勝手に選んだ」とか言ったらとやかく言われなかった。

それはともかくとして、なんつー適当なのかと思わずにはいられなかった。父がなにを考えていたのか、死んでしまってからは知るよしもない。
父が選んだお寺の坊さんは悪い人ではないのだが、一周忌や三回忌のときも同じ坊さんにお願いしながら「ホンマは宗派違うんやけどなぁ」などと思わずにはいられなかった。

父が死んだあとはかなりお金がかかった。家族葬ということになっていたがいろんな人が来たし、祭壇にかざる花をショボくすると見栄えが悪いので、それなりにいいお値段のものにした。祭壇なんぞ使い回しだし、花もたくさんあるがどう考えても高すぎる。しかし、葬儀でカネをケチると悪いような感じがするので、そこらへんを葬儀屋に足元見られるのだ。
香典は受け取らず、千円のギフトカードを会葬御礼として配ったこともあって、結局200万円ちかくかかったらしい。私が出したわけではないのだが、母が死んだときどうしようと思うほどの金額だ。

家族が死ぬ度に100万、200万かかるのがアホらしく思う人が多いから、最近は家族だけでやる小さい葬儀や、直接火葬場送りにする直葬なんてのが増えるんだと思う。
坊さんにお経を上げて貰うと、葬儀のときに30万円、一周忌など家に来て貰って10万円とか高すぎる。
坊さんは所得税も払っていないし、檀家がたくさんいる寺の生臭坊主が堕落するのも当然だろう。大学時代の知り合いに金持ちの寺のボンボンがいたが、それなりの新車を買い与えられ、4回留年していた。そんな坊主に檀家がお布施をセコセコと支払うわけである。バカバカしくなって当たり前だ。

その反面、檀家が少ない寺は大変らしい。父の実家が檀家になっている富山の寺は見るからにオンボロで、住職は普段はサラリーマンをしている兼業坊主だ。檀家からのお布施だけでは食っていけないのだ。
兼業坊主以外にも、住職になれない坊さんがアルバイトでお経をあげに行くのも普通で、葬儀屋で坊さんを適当に頼むとそのようなアルバイト坊主がお経をあげに来る。
坊主になるにはどこかの寺に所属しないといけないらしいが、坊主になってからはフリーでできるとかなんとか。

アマゾンジャパンがそんなアルバイト坊主の宅配の取り扱いを始めたそうな。お坊さん便とかいうサービスで、法事が一律3万5千円だそうな。戒名も2万円で付けてくれるらしい。

お坊さん便

我が家は法事で坊さんに10万円渡したはずだから、3分の1の料金である。浄土真宗は戒名ではなく法名といって、男なら釈○○と決まっているので、戒名のためにたくさんお金を払う必要はないが、
2万円固定でそれっぽいものを付けてくれるなら、普通の人はそれで十分だろう。

このように、「格安料金」などとすると仏教会が文句を言う。宗教行為は商売でもなく有料サービスでもないからだそうな。
しかし、一般の人は葬儀や法事で坊さんに渡すお金は、宗教行為へのお布施ではなく、サービスへの対価だと思っている。お経をあげたりする坊さんの商売に対する支払いだ。

だから仏教会がアマゾンのお坊さん宅配サービスに文句を付けているわけだが、これは単に自分たちの商売を邪魔されたくないからではないのか。
仏教会は「世界的に見て宗教行為を商売にしている国などない」と批判するが、世界的に見て、遺族からこれほどの金額をふんだくる宗教もないのではないか。これまで、不明朗会計でぼったくれるだけぼったくっていたせいで、簡素な葬儀が増えて儲からなくなった。そこへきて、これまでの宗教行為も価格破壊の波が押し寄せてくるととんでもないことになると危機感を抱いているのだろう。

ちょっと仏教を勉強すれば、日本の大乗仏教が本来の仏教ではないことがすぐに分かる。なぜ念仏やお題目を唱えれば誰でも極楽浄土に行けるのか。そんなチート行為で救われるわけがない。
本来の仏教は、タイなど東南アジアにある上座部仏教で、修行をした人だけが悟りを開くなどエライ人になれて、信徒はそれをただサポートするだけである。日本の仏教の場合、「あんたのため」「亡くなった人のため」と坊さんに言われて多くのカネをふんだくられる。形としてはこちらから気持ちを出していることになっているが、ヤクザの言い分のように思える。

社会はどんどん変わってきていて、いわゆる「見える化」というのが進んでいる。宗教だけは本当になにも見えない。どこかが明朗会計のサービスを始めると、そこに少しずつ流れて行くに決まっている。特に仏教に信心深いわけでもないのなら、そっちの方がいいに決まっているからだ。
変わらなければならないのは、仏教に携わっている人間の方だろう。世間の人々になにが望まれているのかがまったく理解できていない。文句を言うだけなら、そのうち淘汰されて仕事がなくなってしまうだけである。

このページのトップヘ