産経新聞で27日(水)から「薬価危機 ― 迫られる選択」という特集が始まった。高額医薬品と保険治療に関して問題提起する記事だ。
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記事で取り上げられているのが小野薬品工業が開発した抗がん剤「オプジーボ」である。これまでまったく異なり、免疫に作用する新しい抗がん剤だ。2014年9月に発売された当初は悪性黒色腫(メラノーマ)に対する抗がん剤であったが、日本人の肺がんの85%を占める非小細胞肺がんという肺がん治療への使用を厚生労働省が認可するにあたり、昨年12月に行われた日本肺癌学会学術集会で「国家財政が破綻する」と訴えた医師がいて注目された。
その医師は日本赤十字社医療センター化学療法科で部長を務める里見清一氏(本名・國頭英夫)だ。里見氏は体重60キロの患者で月300万円、年間3500万円以上かかる薬価について警鐘を鳴らした。日本では保険治療は3割負担であるが、高額医療費制度というものがあり、月300万円以上かかるといっても本人負担は月10万円程度で済む。
「オプジーボ」で年3500万円の薬価代がかかったとしても、その95%は税金で賄われることになる。適用されるがん治療がメラノーマだけならまだマシだったが、肺がんに適用され、多くが「オプジーボ」による治療を行った場合、財政負担の問題が出てくることは誰でも理解できる。
もし年間で5万人が「オプジーボ」を使ったとすると1兆7500億円になる。日本の年間医療費40兆円のうち、薬剤費は10兆円ほど。それが2兆円弱増えることになる。
消費税1%アップで税収2兆円アップと言われている。「オプジーボ」が肺がんに保険適用されることで、消費税が1%上がるのと大して変わらないわけだ。
「オプジーボ」は服用量が体重1kgあたり3ミリグラムと決まっていて、薬価は100ミリグラムがおよそ73万円、20ミリグラムが15万円。体重60キロなら1回の投薬で180ミリグラム必要なので、73万円+15万円×4で133万円となる。2週に1回の投与で、それが1年間に26回あるとすると、年間3458万円となる。
誰もが高過ぎると思うわけだが、薬価は製薬会社がこれまで開発にかかった費用や、今後の開発のための投資分、などで割り出されるため、この価格になるのだろう。
厚生労働省は「オプジーボ」に関して次の診療報酬改定(2018年)で価格の引き下げを狙っているが、どうなるか分からない。
"夢の新薬"である「オプジーボ」によって肺がんが完治するならいいのだが、これまた問題なのが完治するわけではなく、既存の肺がん向け抗がん剤に比べて生存期間が3か月程度長くなるだけなのだという。既存の「ドセタキセル」という抗がん剤はジェネリック薬であれば薬価が月5万円で、生存期間を僅かに延ばせる可能性がある「オプジーボ」は332万円もかかる。
ただその一方で、劇的に効果が出る人もいて、これまでの抗がん剤ではがんが完治することはなかったが、免疫作用のある「オプジーボ」は肺がんが完治する可能性があるという。
寿命が僅かに延びるだけかも知れないが、月10万円の負担で済むなら「オプジーボ」の選択肢が増えるに決まっている。「どうせ死ぬならやれることはやっとけ」ということが多いからだ。
そうなると、日本の医療費がとてつもないことになってしまう。
このことについて、産経新聞の連載が始まった27日(水)発売の週刊新潮で、くだんの医師である里見清一氏と老人に厳しい曽野綾子氏が対談していた。
里見氏は「夢の薬をみんなで使うと国の財政が持たなくなる」と訴え、曽野氏は「若い人に対して投薬すべし」としていた。
その対談のなかで、里見氏がWHOが表明している基準に「人ひとりの寿命を1年延ばすために値する金額はひとり当たりGDPの3倍まで」というのがあると語っていた。つまり、1年間でかけていい医療費は1200万円なのだ。「オプジーボ」で3500万円などとんでもない話なのである。
しかもそれがまだ若い人に対する治療ならいいが、60を超えた老人に対してそこまでやる必要があるのか。対談でふたりは語っていた。
確かにそう思うが、これは難しい問題である。「老人は無駄な治療をせずにさっさと死になさい」ということであるが、自分がその老人の立場になったことを考えればなかなかそうも言っていられない。「国にご迷惑おかけできないので、高額医療は辞退します」という気丈な人もいるだろうが、「オレが死ぬかも知れないんだから、いくらかかっても生きれる可能性のある治療をしろ」という人もいるだろう。
治療をする医師も「アンタは年寄りだからオプジーボ使わない」とは言いにくい。とりあえず選択肢として提言せねばならないだろう。選択肢として示されたら、誰が生き残れる可能性のある薬を拒否できるだろうか。
しかしこのままでは、将来的にさらに月何百万、何千万円とかかる新薬が出てくるだろう。それが画期的な薬で、保険適用されたら同じような議論が繰り返されることになる。
かといって、高すぎる薬が保険適用されないと、いつまでたっても流通量が増えずに価格が下がらず、保険適用外で治療できる金持ち御用達、貧乏人お断りの薬になってしまう。
週刊新潮の対談で少し触れられていたが、日本は国民皆保険であることに加え、世界でも稀な高額医療費制度がある。これがすべての問題なのではないか。
高額医療費制度で救われる人はかなりの数がいるわけだが、保険医療の負担で考えるとめちゃくちゃ不公平である。健康な人が損をしている。
今後、「オプジーボ」のような問題が次々と起こるのであれば、高額医療費制度自体をなくすことも考えねばならない。高額医療費制度は一生に一度の手術をするときなどを想定したものであり、定期的にかかる高額医療のための制度ではなかろう。
どうせ日本の社会保障制度は破綻しかけで、見直しが必要なのである。高額医療費制度によって国から助けてもらうのが当然と考え方自体が間違っている。
それにくわえて、生活保護をもらっていたら医療費全額免除とかいうわけの分からない制度もなくすべきだ。毎年増え続ける社会保障関係費の伸びを抑えるためには、ありとあらゆることをして医療費削減に取り組まねばならない。
このままぼんやりしていると、この国は年金制度の前に医療制度が崩壊してしまう。そうなる前に改革が必要であるが、今のままではどうにもこうにも進みそうにない。