あまり有名ではないが、「ウェドロック」という1991年のアメリカ映画が好きだ。脱獄ものの映画で、刑務所の仕組みがユニークだった。
看守が少なく、フェンスで囲まれているわけでもない刑務所に囚人が入れられているが、誰も脱獄しようとしない。なぜなら、囚人の首に電子首輪が取り付けられていて、ムリに外そうとすると爆発し、任意の誰かとペアになっていて、互いの距離が100ヤード(91メートル)を超えても爆発するからだ。
誰がパートナーになっているか分からないため、勝手に脱獄されると自分が巻き添えで死んでしまうかも知れない。そのため、囚人同士が互いに監視して逃げられない状態になっていた。
主人公はちょっとした偶然で自分のパートナーを知って脱獄する。そのあとは片方が車に乗せられたりして、距離が開かないよう必死に追いかけたりするなどハラハラドキドキの展開がある。
ハリウッドは題材不足で悩まされているのだから、リメイクしたらもっと面白く作れそうなものだ。
ただ、今になってよくよく考えてみると、パートナーが離れたら爆発するのではなく、素直に刑務所から離れたら爆発するようにしたらいいじゃないかと思える。そこらへんは、別要素追加でどうとでもうまく調整できるだろう。
互いに疑心暗鬼で監視し合う状況などまっぴらゴメンだが、映画や小説の題材としては面白い。
前に紹介したが、小説「チャイルド44」もよかった。スターリン政権下の旧ソ連で、KGBの元になった国家保安省の捜査官をしている主人公が子供を殺す連続殺人犯を追う話だ。逆恨みを買った部下からあらぬスパイ容疑をかけられ、主人公はどんどん転落していき、ただの警察官として地方に飛ばされてしまう。
旧ソ連の恐ろしい監視社会がうまく描かれている。あらゆる人が日頃からスパイ容疑をかけられぬよう用心して生きていかねばならず、誰かの恨みを買って密告されれば、あとは拷問されてやってもいない罪を吐かされるだけ。逃げ場はない。
このような密告社会は誰もが望まないと思うが、それで成り立っている国がすぐ近くにある。
ひとつは中国で、もうひとつは北朝鮮だ。
中国の役人や政治家は、日頃から足元をすくわれないように生きているが、派閥選択を間違えばすぐに転落してしまう。腐敗一掃の名の下に、目を付けられたら逃げおおせる術はない。元々、中国の役人や政治家はほぼ全員が賄賂を受けており、叩けばいくらでもホコリが出てくる。密告されなくてもターゲットにされたら終わりだが、密告で人生が終わってしまう場合がある。そうならないために、派閥に付き、あれこれ賄賂を上納していくことになるのだろうが、やられるときはやられてしまう。
それでも中国はまだマシだ。北朝鮮はもっと酷い。北朝鮮のルポを読むと、最底辺の一般住民からハイソサエティと言える朝鮮労働党や軍の幹部まで、密告に怯える人ばかりだと分かる。
一般住民であっても、首領さまに逆らう思想を持っているとか、脱北しようとしていると近所の人に密告されたらおしまい。だから、北朝鮮への帰国事業で北朝鮮に戻った在日の連中や、それと結婚した日本人はたいそう苦労しているらしい。差別される立場にあり、すぐに疑われるからだ。
金正恩が出席する会議で居眠りしただけで軍の幹部が処刑される国なのだから、国家反逆の疑いをかけられたら最悪な目に遭うことは想像に難くない。
密告を恐れる状況は北朝鮮のヒエラルキーの上層部までずっと同じだ。本当にスパイならまだしも、疑いをかけられただけで相当酷い目に遭うのだからロクでもない国である。
親族のなかから脱北者でも出ようものなら、一族全員がスパイ容疑をかけられ、労働教化刑などを受けるなどして強制収容所に入れられたりする。
親族が強制収容所に入れられることを思って脱北をためらう北朝鮮の人民は多いし、なにより親族から脱北者やスパイ嫌疑をかけられる者を出さぬよう必死だ。なんせ、疑われたら終わりなのだから。
先週、朝鮮人民軍の兵士が韓国と北朝鮮の軍事境界線を超えて韓国に亡命したというニュースがあった。亡命を試みた北朝鮮の兵士は車を乗り捨てると一目散に走り出し、追手である朝鮮人民軍の兵士が銃を撃ちまくったが、韓国の国連軍兵士に救出された。いくらか被弾したが、手術によって一命はとりとめたという。
亡命したのは24歳の下士官であるが、彼の親族はどうなったのか非常に気になる。板門店の警備に当たる北朝鮮兵には北朝鮮側からすれば亡命の可能性があるため、朝鮮人民軍は家族がある人物を配置したに違いない。家族、親族を思えば軽々しく亡命はできない。
しかし彼は亡命した。正直、自分さえ助かれば家族、親族はどうでもいいのかと思わずにはいられない。親や兄弟は今頃、強制収容所に入れられて拷問されているのではないか。親族は収容所行きは逃れても、監視される立場になり、転落人生が始まるのは間違いない。
逃げる兵士を後ろから撃っていた北朝鮮人民軍の兵士4人も必死だった。逃がせば絶対に罰を受けるだろうし、亡命を手助けしたのではないかとの嫌疑をかけられることになる。死ぬ気で40発ほど撃ち、5発は命中させたが殺すことはできなかった。
案の定、板門店の警備を担当する朝鮮人民軍の警備兵が全員交代させられたという。亡命兵の上官など、一部は責任を取らされて最悪な目に遭うに違いない。
朝鮮人民軍のこのギスギスした感じは映画のテーマとして非常に面白そうだ。上官は部下が亡命しないように神経を尖らせ、脅したりすかしたりする。現場でも兵士たちが互いに監視するヒリヒリするような状況になっているのではないか。
面白そうな話になりそうだが、惜しむらくはハリウッドがアジアを舞台にアジア人がどうこうするような映画はまず作らないことだ。だとすると、韓国が作るくらいしか可能性がないが、韓国映画なんぞ見る気も起きない。あるとしたら、北朝鮮を仮想の国に置き換えての設定だろうか。
誰かよさそうな脚本や小説を書いてくれないだろうか。ストーリーはこうだ。北朝鮮の兵士が軍事境界線を超えて亡命する。なんとか命拾いするが、祖国に残した家族が拷問を受けていると知って苦悩し、北朝鮮に戻ってひとりで軍と戦うという話。ランボーみたいなヤツが主人公になるわけで、ストーリーとしては陳腐であるが、B級映画としてそこそこ楽しめるのではないか。