台湾・台北市内にある中華民国総統府の近くに二二八和平公園という公園がある。現在の総統府は日本統治時代の台湾総督府の建物で、同じく二二八和平公園は台北新公園として整備された公園だ。
現在の公園は民進党の陳水扁政権時代に名称が改められた。日本撤退後の1947年に国共内戦で破れて台湾にやってきた国民党が台湾人を弾圧し、数万人を殺害したとされる二・二八事件の犠牲者を追悼する公園となった。年寄りが朝から太極拳を踊ったり散歩している公園で、敷地内に生えている大きな木には人になれた巨大なタイワンリスがいて、のんびりとした時間が過ごせる公園だ。
その一方で、公園の端の方には犠牲者を追悼する紀念碑や台北二二八和平紀念館があり、事件の資料などが展示されている。
二二八和平公園は二・二八事件の事件の中心地であり、紀念館はかつてのラジオ局だった。国民党の弾圧に反対する台湾住民らが占拠し、政府が強制排除を行った建物であり、非常に感慨深いものがある。
二・二八事件は日本でも世界でもよく知らない人が多い。注目されたのは1989年の台湾映画「非情城市」がヴェネツィア国際映画祭で金賞を受賞したことがきっかけだった。
二・二八事件では蒋介石が引き起こしたものだが、台湾では1949年に蒋介石率いる国民党政権が戒厳令を発し、息子の蒋経国が死ぬ直前の1987年まで38年も続いた。戒厳令下の弾圧は白色テロと呼ばれ、台湾の知識人やエリート層の多くが刑務所送りにされた。
蒋介石と蒋経国というふたりの親子独裁者が行った台湾統治を大幅に見直し、民主化への道を進めたのが蒋経国の死後に副総統から総統代行となり、のちに初めての直接選挙で総統となった李登輝だ。台北市や高尾市の市長選で直接選挙を実施し、1996年に初めて総統の直接選挙を行った。
李登輝は直接選挙を行ったほか、中国共産党が大陸を支配していることを認めたうえで台湾や周辺の島嶼に別の国家があると主張し、国共内戦の終結宣言を出して台湾の民主化を進めた。
今の台湾があるのは間違いなく李登輝のおかげであり、彼がいなかったら台湾は今でも独裁体制が続き、戒厳令が敷かれる息苦しい国であった可能性がある。
日本で「民主化の父」と称されるのは当然であろう。
彼は猛烈な親日家としても知られ、もっとも得意な言語は日本語だとされていた。台湾華語(北京語)は台湾訛りが強い一方、日本語は非常に流暢だった。
「尖閣諸島は日本固有の領土だ」などとたびたび親日的な発言をして、台湾で物議を醸したことも多い。
農業の専門家でもあり、日本統治時代の台湾南部で灌漑事業に尽力し、嘉南大圳や烏山頭ダムを作った八田與一を大きく評価しており、日本統治時代の評価を改めたのも李登輝だった。八田與一は台湾の教科書に記述があり、台湾人なら誰もが知る日本人だ。
そういうことがあってか、日本では李登輝元総統が称賛されるわけだが、当の台湾では批判する人が結構いる。台湾版Yahoo!のYahoo奇摩のニュースであるYahoo!新聞で、李登輝逝去のニュースが数多く掲載されているのだが、そこについてあるコメントは李登輝批判がかなり多い。
以前にも書いたが、Yahoo奇摩のニュースのコメント欄は中国シンパや国民党シンパに占拠されており、かなり偏っているために台湾人の意見を代表するものではない。とはいえ、死んだ人にも悪辣な言葉がたくさん並べ立てられていることに溜息が出てしまう。
李登輝は台湾で「黒金政治」と呼ばれる政治腐敗を主導したとされることがあり、「黒金教父」と揶揄されている。黒金とは、黒社会(ヤクザ)の力と金の力による買収を表しているという。
それ以外に、親日家であったことから「日本の犬」と呼ばれ、「大好きな日本に帰れ」と罵られていた。
なんとも心苦しいコメントではないか。
Yahoo!新聞の論評で、ある評論家が李登輝元総統について次のように表現していた。
彼を愛する人々は民主化の父として、台湾の父として尊敬している一方で、彼を憎む人々は反中を進めた日本帝国の残党として軽蔑し、台湾の発展の妨げとなり、両岸(台湾と中国)関係を破壊したとして非難している。ところが実際は、訃報のコメント欄で罵詈雑言が並ぶというなんとも悲しい事態になっているわけだ。中国やそのシンパのネット工作恐るべしというところだ。
そのように彼を認めない人であっても、彼の粘り強い強固な意志と卓越した政治戦略は称賛せざるを得ない。
そうやって政治に自由な文句を付けられ、好きに映画や音楽を作れるようになったのは、李登輝が進めた民主化の賜物だろうにと思わずにはいられない。もしかすると表現の自由がない社会が継続していたかも知れないのに、それを評価せずに中国との関係を壊したと批判している場合だろうか。
香港があんなことになっている今こそ、民主化を進め、中国と決別した李登輝という類まれな政治家を評価すべきではないか。
台湾で李登輝の評価が二分するなんて日本のニュースだけ見ていたら知る由もないが、台湾を民主化に導き、日台の友好関係の礎となった日本での李登輝の評価は不変であろう。