先っちょマンブログ

2021年02月

20210228-1

昨晩、「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」という番組をなんとなく見ていたら、郷土玩具好きの子供が解説をしていた。東京の郷土玩具として、竹で編んだザルをかぶった犬張子を紹介していた。犬が竹を被っているのを"笑"という漢字になぞられ、笑いが絶えない家にするという縁起物であるらしい。

20210228-2

また、犬は安産で一度に多くの子供を産むので、安産やら子育てで縁起物として担がれているという。

とはいえ、犬が実際に安産であるかは犬種による。日本犬のように原種に近い犬は基本的に安産だが、フレンチブルドッグのような頭の大きい犬は自然分娩ができないため、帝王切開での出産になる。その時点で自然の摂理に反しているわけで、キリスト教が幅を利かせる欧米でそれでもいいのかと素朴に疑問に思ってしまう。

一部の例外を除いて犬は基本的に安産であるため、犬を多頭飼いしたついでに小遣い稼ぎで子犬を作って売ろうとし、そのままブリーダーになってしまう人が結構多いという。子犬を増やすのか簡単だからだ。ただ、素人が中途半端な形で犬の繁殖に手を出しているわけで、全部が全部うまくいくとは限らない。
また、一部の悪い業者が過剰な多頭飼育をして、劣悪な環境で飼育される犬も増えている。

その状況に待ったをかけようと動物愛護法が改正され、数値規制が設けられることになった。繁殖業者は飼育者ひとりにつき、犬15匹、猫25匹、販売業者は犬20匹、猫30匹だ。
この数値規制に対して業界から猛反撥が起こったため、来年6月から繁殖業者は犬25匹、猫30匹、販売業者は犬30匹、猫40匹の規制となり、1年ごとに5匹ずつ減らしていくことになった。数値規制の完全実施を3年先送りにした形だ。

犬を多く取り扱うなら従業員を増やしてちゃんと面倒を見ろという法律で悪くないと思うのだが、この法律によって危惧されているのが殺処分される犬や猫の増加だ。

例えば犬の例でいうと、小型犬や中型犬の寿命が15歳として、繁殖ができるのはせいぜい1歳から6歳くらいまでだ。6歳を過ぎた残りの9年間は老犬として過ごすことになる。簡単にいうと犬の生涯のうち繁殖時期は3分の1しかなく、残り3分の2は老後だ。ということは、15匹の犬がいたとすると10匹は老犬で、繁殖用は5匹だけ。
業者としては老犬が邪魔になる。となれば処分するしかない。業者が数値規制の法律に反対したのはそういう理由だ。
めちゃくちゃ自分勝手な言い分であるが、今でも繁殖犬が老犬になったことで処分されているのだから、それが加速するのは間違いない。

昔は保健所に犬を持ち込んだら受け取ってくれることが多かったが、今はそれが渋くなったうえ、2013年の動物愛護法改正で自治体が業者の犬の引き取りを拒否できるようになったため、基本的に引き取られないようになった。そこで出てきたのが引き取り屋という新しい商売である。
保健所で殺処分しなくなった繁殖用だった老犬やペットショップで売れ残った犬を格安で引き取り、こっそりとどこかで殺すか、田舎の倉庫のような場所にぶち込んで放置して餓死させる。殺さないにしても、劣悪な環境で飼育している業者もある。
間違いなく犯罪行為であるが、そういう業者が実際に存在し、利用するヤツもいる。

ところが、引き取り屋も数が減ってきたという。割りに合わない仕事だと考えられるようになってきたのかも知れない。
引き取り手がいなくなって困り果てたブリーダーのなかには、自分の手で老犬を殺すか、どこかの山林に連れていき、木にくくりつけて放置することもあるという。

保護犬の譲渡を手がけている団体があり、雑種だけでなく元は血統書付きの純血種と思われる犬の譲渡も行われている。ただ、そういう犬は老犬であることが多い。業者や個人のブリーダーに捨てられた犬と思われるが、誰かの金儲けのために利用されて捨てられた犬をなぜ第三者が面倒を見なければならないのかと思ってしまう。保護団体も引き取る人も善意でやっており、引き取り屋の元で劣悪な環境で飼われて死んでいくよりマシかも知れないが、善意の第三者がの尻拭いをしていることに理不尽さを感じる。

2年前に東京都が「動物の殺処分ゼロを達成」と大きく宣伝していたが、そういうのは単に受け取りを厳しく拒否したための結果であって、動物がほかの自治体の保健所に持ち込まれたか、引き取り屋の手に渡っただけのことが多く、保護団体の譲渡会のみでどうにかなったわけではない。ましてや、パンフレットで急に人々の意識が変わったわけでもない。単なるキレイごとだ。

保健所での動物の殺処分が減った代わりに、引き取り屋なる商売が出現し、文字どおり地獄といえる劣悪な環境で飼われたり、酷い殺され方をする動物が増えただけというのが現実だろう。
その引き取り屋も徐々に減ってきて、困った業者が自分たちでどうにかしようとしているのが今の段階だ。ここ2~3年でそれがさらに加速するかも知れない。

これは本当にどうすればいいのか悩ましい問題で、我々一般の飼い主はちゃんとしてそうなブリーダーから飼うくらいしかできない。個人なのにあまりに多く子犬を出しているブリーダーはダメで、環境がよくないペットショップも避ける。そうやって自然淘汰されていけばいいのだが、多分そうはならないだろう。
もし犬や猫がしっかりとした繁殖だけになったのだとしたら、血統書付きの犬猫の価格は今よりもっと高騰することになる。

販売されている動物の背後に悪い繁殖業者や販売業者の影がチラチラ見えて仕方がない。全体の一部ではあるが、ごく一部というわけでもない。
Instagramを眺めていると、フィードに保護犬の情報が出てくることがあるが、それを見るたびに複雑な気分になる。

20210226-1

何年か前に携帯電話の契約先をauからmineo(マイネオ)に乗り換えた。夫婦でauに毎月1万8000円くらい支払っていたが、mineoに乗り換えて3000円ちょっとになった。
昼休みの時間などに遅いことがあるようだが、私は昼に自分のスマホでネットを見たりしないのでなんの関係もなく、特に不便も感じていない。

そのmineoであるが、3月からこれまでドコモの回線を利用する3GBのプランが1600円(税抜き)から5GBで1380円(税抜き)に変更した。通信容量が2GB増え、料金が220円下がった。
これも、ドコモが打ち出したahamoのおかげである。

菅首相は以前から携帯電話料金の引き下げについて何度も苦言を呈していたが、ドコモが思い切ってネット契約専用のプランであるahamoを出した。シンプルな1コースのみ月額2980円(税抜き)で、20GBの通信容量、5G対応、電話5分間まで無料だ。めちゃくちゃお得。mineoなどMVNOの格安SIM業者の方が安いが、5G対応はしていないし、通信容量は少ない。しかも20GBは海外ローミングでも使用できるので、海外旅行でいちいち現地のSIMを調達したり、入れ替えたりする必要がなくなる。

それに対抗し、auが通話無料なしで月額2480円のpovo、ソフトバンクも通話無料なしで月額2480円のLINEMOを出してきたが、LINEMOは海外ローミングに対応しないので論外。povoは対応予定らしいので、auでいいかも知れない。
電話なんぞかけなくなったし、仕事やプライベートで海外に行くことがときどきあるので、auのpovoが自分には一番いいかも知れない。

ただ、今のmineoで困っていないし、mineoは2回線持っていれば通信容量の繰り越しができ、それが200GBも貯まっているので、乗り換えようという気にはなれない。しかし、これまで料金の高さから格安SIMに移っていた人にとっては魅力的なプランだろう。
ahamoやpovoは携帯電話ショップの窓口対応がなく、全部ネットでの手続きになるが、それでなにも困らない。

これまでの携帯電話料金はなんだったのかと思う大幅値下げだ。政府からの鶴の一声でここまでガツンと下げられるのは、企業努力というのもあるのだろうが、これまでいかにぼったくっていたか、携帯電話販売店にどれほどコストがかかっていたかが想像できる。
年寄りは窓口で店員に話を聞いて契約したり、スマホの操作で分からないことがあれば質問するのだろうが、利用しない人にとっては販売店も窓口も不要だろう。
自分でスマホをどこかで調達してきて、回線の契約だけしてSIMを受け取って利用する。それが本来の携帯電話、スマホのあり方だ。

大幅値下げされた携帯電話料金と比べてショボいと思うのがNHKの受信料だ。昨年10月に値下げしましたと大々的にアピールしているが、地上契約で月にたった35円の値下げだ。衛星契約で60円。ふざけているのだろうか。12か月契約にしても、地上波だけで1万3650円(税込み)、BSを含めると2万4185円(税込み)支払わないといけない。
1か月契約で1225円(税込み)であるが、NETFLIXのもっともスタンダードなプランが月1490円であることを考えるとふざけているのかと思ってしまう。

NETFLIXには見るものがたくさんあるが、NHKには見るものがひとつもない。私はNHKと契約をしていないので、せめてNHKは見ないでおこうと決めているわけだが、そうでなかったとしても見たいと思う番組がひとつもない。子供がいればEテレを見せているかも知れないが、毎日録画した民法のバラエティ番組と動画配信サービスを見るので精一杯だ。
それでもNHKの会長は「料金を引き下げればクオリティが下がってしまう」と宣っている。ずいぶんな自信ではないか。

NHKは受信料収入が7115億円あるが、その受信料を徴収するために759億円もかけているという。集めた金の1割以上を金集めに費やしているわけだ。
イギリスやフランス、ドイツの公共放送は受信料における徴収費用の割合が1~2%程度なので、いかにNHKが金をかけて金集めしているかが分かる。
単純に考えれば徴収費用をかけなければ、1割値下げされてもよさそうなもんだが、NHKは「不公平感が生じるからやらない」としている。徴収に力を注がねば支払わないのが出てくることが不公平感らしいが、そんなもんはスクランブル化すれば一発で解決できる。
WOWOWなどの有料のBSは契約して金を払っている人しか見られない。NHKもそれでいい。「災害時云々」という話が出るが、災害を伝えるニュースのときだけスクランブルを外せばいい。なんのためのデジタル放送だと思っているのか。

国民に対してNHKへの受信料という名目の上納金を収めさせたいのであれば、税金で徴収した方がいい。世帯ごとの徴収になっているから、同じ家族でも親と子が同居していたら1世帯分、別に住んでいたら最低でも2世帯分、子供が多けりゃもっと増える。
ビジネスホテルも一部屋ごとに受信契約が必要という判断を裁判所が下すなど、とにかく司法も行政もNHKに金をくれてやりたくて仕方がないようだ。

24日(水)にはNHKが映らないように改造したテレビを設置しても契約の義務があるという判決があったし、今日26日(金)にはテレビがあるのにNHKと契約していない世帯に対して罰を与えるべく、未収分を含めた割増金を徴収できるようにした放送法改正案が閣議決定されたという。
武田良太総務相はこれをもってして「1割を超える思い切った受信料の引き下げにつなげていく」と言っていたが、逆ではないのか。まずは値下げをしてから、未契約者に対する罰を与える法整備をしてよさそうなもんだ。

NHKが死んでもスクランブル化しないのは分かったし、これまで以上に料金徴収させる人参がぶら下げられないと値下げには頑として応じないのも分かった。政府や司法のお墨付きでやってるヤクザにしか思えない。
NHKなんぞ公共放送をやめて民間にすればいい。それで誰が困るというのか。困るのはNHKの連中だけだろう。

携帯電話の料金が人件費削減などで一気に3分の1くらいになるのに、NHKでそうならないのは公共放送にあぐらをかいたNHKの怠慢だろう。そんな放送局の放送なんか見る気ないし、エラそうに言えるもんではないが、死んでもNHKと契約しないと心に誓った。

20210225-1

ブルームバーグの報道によると、アメリカのバイデン政権が国内の低所得者や人種的マイノリティに対して国内1300か所の医療センターやフードバンクで布マスクを2500万枚無償配布することを決定したそうだ。

【ブルームバーグ】「バイデノマスク」2500万枚無償配布へ-低所得者など社会的弱者向け (2021/02/25)

アベノマスクになぞらえて「バイデノマスク」なんて言われているわけだが、大統領が代替わりしたアメリカでマスク配布が行われるのを見ると、やはりアベノマスクは間違った施策ではなかったのではないかと思われる。

昨年の今頃だったか、このブログで通勤電車での醜い光景を描いたと思う。サラリーマンみたいな中年のオッサンが大学生に向かって「マスクしろやボケ」と絡んでいて、少し離れた場所で座っていた私の隣のジジイがそれを見て「マスクが手に入ったらワシもしとるわ」と叫び、ゾッとするような事態になった。
今では布マスクはもちろん、不織布マスクもどこでも買えるようになったし、ダイソーのラインナップに30枚100円の不織布マスクも戻ってきた。マスクが本当にないという人もいたので、アベノマスクの配布自体は間違いではないと思うとこのブログに書いたが、アメリカでもやるのを見るとそうだと思える。

アベノマスクは発注をめぐっての不透明さなどもあったが、問題だったのは小学校の児童が給食当番で着けるようなマスクだったことで、ユニクロのエアリズムマスクくらいマトモな布マスクなら誰も文句は言わなかったのではないか。
結局、1億3000万枚の購入費用に90億円、梱包や発送に64億円かかったらしい。アメリカが2500万枚で91億円かけているのを見ると、布マスクのできはさておいて費用的にも大した問題ではなかった。全世帯に配布するための費用が膨大だが、当時は役場や公民会に取りに来いとなったら混乱していただろうし、仕方がなかったように感じる。

アベノマスクをしていたのは安倍前首相と長州力くらいしか見なかった。調査によると国民の3.5%しかアベノマスクを使わなかったそうだが、発送が遅れたのと、アベノマスクがクソダサマスクというイメージが付きすぎたせいもあるだろう。それでも年寄りは使っていた人もいるらしいし、まったくの無駄ではなかった。もうちょい違う種類の布マスクで、必要な人に取りに来てもらう形でうまく早く配布できればベストだっただろうが、そんなもんは結果論だ。

アメリカで配布されるマスクはアベノマスクよりはマシなマスクであろうが、アメリカでは昨年の日本のようにマスクが不足、高騰しているわけではなかろう。貧乏だから買えない人もそれほど多くないように思うが、タダでくれるならマスクを着用してもいいという人がそれなりにいるのかも知れない。

この1年で新型コロナウイルスについていろいろ分かってきたことがある。手指の消毒を徹底され、他人が触ったものを消毒しようとアルコールを吹きかける人までいるが、学術調査によるとウイルスが付着した手で顔を触るなどして粘膜経由で新型コロナに感染することは意外と稀で数パーセントだと見られているという。感染のほとんどが感染者の飛沫を調節吸い込むか、ウイルスを含んで空気中を漂うエアロゾルを吸い込んだことによるものらしい。

ということは、やはりマスクが感染対策としてもっとも重要なわけだ。手指の消毒を過度にする必要はなく、出かけたら石鹸で手を洗うくらいにして、マスク着用を徹底すれば自分が出す飛沫が減り、人が出した飛沫、エアロゾルの吸い込みも減る。
他人との会食が一番感染の危険が高いと以前から言われていたが、やはり食べる行為よりもおしゃべりすることがダメだった。

振り返ってみれば、昨年3月に厚生労働省の専門家会議で話が出てきて、その後小池百合子がアピールして一気に広まった3密(密閉・密集・密接)を避けることも間違いなく正しかった。密閉せずに換気することでエアロゾルを取り除け、人と人との距離が近い密集を避け、会話なども避ける密接をしなければ感染リスクがぐっと減るわけである。
感染症の知見があっての提言であろうが、めちゃくちゃ的確で、3密のうちどれかひとつでも破られると感染リスクが高まってしまう。

3密は英語圏では密閉・密集・密接がそれぞれ「Closed spaces」「Crowed places」「Close-contact settings」でThree Csとされていて、WHOでも昨夏に3つのCを避けるよう呼びかけられていた。うまいこと3つのCに当てはまったもんだと思ったが、この3つのCも厚生労働省で考えられたものらしい。

このように、あとから考えてみて「それほど悪くなかったな」とか「なんて先見の明があるんだ」と思うことがある。
日本のみならず世界中から笑いものにされたアベノマスクであるが、マスクの重要性を訴えて配布したことには意義があった。世界に先駆けての3密の定義はもっとよかった。

悪いと思うことを脊髄反射で叩くばかりではなく、よかったことも悪かったことも振り返りが必要で、もっとよくするにはどうすればよかったが議論されるべきなのだが、実際はそういう建設的なことが行われないのは極めて残念だ。いい取り組みがあまり褒められず、悪いと思われたことが叩かれるだけ。
叩くことに全集中するマスコミは行いを考え直した方がいいのではないか。

20210224-1

国会が総務官僚接待のことでもちきりだ。スターチャンネルなど衛星放送事業を手掛ける東北新社に部長職として勤める菅首相の長男と、衛星放送の許認可権限を持つ総務省幹部が会食をしていた件だ。東北新社側は飲食代を支払うだけでなく、タクシーチケットや高級手土産も渡していたという。
総務省の官僚が民間企業から接待を受けてものをもらっているのだから、公務員の倫理規定に反しているのは間違いない。

東北新社は総務省幹部を度々接待しており、接待の時期が「スターチャンネル」の番組の放送事項変更の許可を求めていたり、放送事業更新のタイミングの前であることが多く、接待をすることで円滑に進められるようにしているか、なんらかの便宜を図ってもらっていると思われても仕方がない。

とりわけ不審なのが、総務省の規定でBSやCSのチャンネルはハイビジョン対応であることが望ましいとされているのに、2018年に東北新社の「囲碁将棋チャンネル」がハイビジョン未対応で総務省からの認定を受けたことだ。菅首相の長男は東北新社の部長職であるが、子会社である株式会社囲碁将棋チャンネルの役員も務めている。
当時、菅首相は総理大臣ではないわけだが、官房長官として政権の中枢にいたし、総務大臣や郵政民営化担当大臣なども務めたことがあり、総務省の仕事についてはいろいろ顔が利いたはずだ。

これに関して菅首相が野党議員やマスコミから集中砲火を浴びている。息子の仕事のことで親が責められるいわれがよく分からないが、野党やマスコミが想像をしているのは、普段は接待など受けない総務省の幹部が菅首相の息子がいるからと接待を受けたのではないかと指摘されている。くだんの息子は菅首相の秘書官などを務めたあと、東北新社に入社している。
また、総務省に顔が利き、携帯電話料金のことには特にこだわりがある菅首相であるから、接待に行かないとか、東北新社の不利益になるような判断をすれば親にチクられて自分たちが悪い目に合わされると危惧し、菅首相に忖度したのではないかと訝られている。

モリカケ問題のときもそうだが、官僚が政治家に忖度してなにかやったとして、その政治家が責められるという構図がイマイチ理解できない。仕事をやっていれば「あの上司は面倒くさいから先にやっておこう」とか「文句を言わないでおこう」なんて普通にあるが、そういう悪い忖度が働いたときに厳しい上司が責められるのは政治家、とりわけ政権にいる人だけではなかろうか。

まあそれはいいとして、菅首相の息子がいたから総務省の幹部が接待に応じたという疑惑については、「ホンマかいな」と思わざるを得ない。少しは菅首相の息子がいるということは頭の片隅にはあっただろうが、普段から総務省の官僚はいろんな企業から接待を受けたり、厚遇されていることはないのだろうか。

総務省は電波関連の事業に関する許認可権限を持つ力のある省庁だ。電波というのは国の財産であり、どの周波数をどの事業に割り当てるとかは実質的に総務省が決める。だから、携帯電話や地上波、BS、CSといった衛星放送、Wi-FiやBluetoothといった無線通信まで全部を管理しているのが総務省だ。
一般人に馴染みがある携帯電話やWi-Fi、Bluetoothは、電波法関連法や省令や政令で細かく決められていて、立法するのは国会議員の役目であるが、認証試験の方法や認証機関は実質的に全部総務省が決めているわけで、電波のことは総務省が一番エライのだ。

仕事で電波法関連のセミナーに行ったことがある。ドイツ企業の日本法人が開催したセミナーで、法律の細かい説明や運用方法などが解説された。数時間の内容のうち、総務省の人間が来て説明するコーナーがあり、総務省の人間がふたり来ていた。中堅と若手の職員のようだが、セミナー会場まで企業が用意した黒塗りのハイヤーで遅れてやってきて、偉そうに説明だけしてさっさと帰っていった。
後日、企業の担当者の人が「総務省の方に来てもらうのは大変なんですよ」と愚痴をこぼしていた。詳しくは教えてくれなかったが、事前にいろいろ手配して、高級車を用意して、お土産を渡したりするのだろう。もしかしたら、お車代と称した謝礼金や商品券かも知れない。
説明会での偉そうな態度といい、総務省に勤めているからといって公務員が何様のつもりなのかと思わずにはいられなかった。

総務省の下っ端でそんなんだから、幹部ともなると接待を受けて当然、高級な手土産をもらって当然と思っているのではないか。今回、たまたま東北新社に菅首相の長男が勤めているので週刊文春に目をつけられて接待が明るみに出てしまったが、もっといくらでもあるように思う。総務省の官僚を叩けば、衛星放送の事業者のみならず、携帯電話事業者やら無線設備の認証試験機関などからの接待がいくらでも出てくるように思う。

日本の公務員はわりとクリーンな方らしい。中国や東南アジア、中東、アフリカといったどうしようもない国と比較すればマシかも知れないが、本当にクリーンかは疑わしい。直接金銭はもらわなくとも、食事やゴルフといった接待を受けたり、子供が入学したやなんだで業者からお祝いをもらったりしていないのだろうか。

今回の件は菅首相が悪いわけではなく、公務員の接待や収賄の方に目を向けるべきなのに、野党やマスコミはそっちはほどほどで、政権をつつくことだけに固執しているように見えてしまう。そこを突いてもなにも出てこなそうだが、ゴチャゴチャやることで内閣支持率を下げられると踏んでいるのだろう。
総務省幹部の接待を東北新社が頻繁に行っていたいたことについて、朝日新聞は社説で菅の息子がいたからではないかと指摘していたが、ほかの事業者の接待も受けていた方が気になる。しかし、マスコミはそっちは気にならないらしい。

【朝日新聞】総務官僚接待 疑念の解消には程遠い (2021/02/23)

朝日新聞の社説は以下のようにまとめられていた。
これは一総務省の問題ではない。政権全体の信頼にかかわると、首相は重く受け止める必要がある。野党が求める長男ら東北新社側の国会招致に応じるなど、徹底した実態解明に向け、指導力を発揮すべきだ。
朝日新聞曰く、これは総務省の問題ではないそうで、政権全体の信頼に関わる問題らしい。東北新社の人間を調べるのはいいが、民間企業から接待を受けまくる総務省の官僚が問題の本質ではないのか。「総務省の官僚が接待を受けたのは政治家のせいだ」と主張されても、「んなアホな」と思ってしまう。

なぜ野党やマスコミの矛先が政権に向かっているのだろうか。結局のところ、公務員の接待なんかどうでもよく、政権批判できそうなことを強調しているのではなかろうか。

20210223-1

22日(月)は会社が有給休暇奨励日にしていたので遠慮なく有給休暇を使って休んでいた。夕方になんとなくテレビのニュースを見ていたら、2013年から国が生活保護費の支給額を1割程度減らしたことを不服とする受給者らが起こしていた裁判で、国の決定を違法だとする判決が大阪地裁で下されたというニュースを見て驚いてしまった。

憲法25条の生存権を盾に起こされた裁判であるが、大阪地裁は減額を違法として減らしてはならないと判断した。国はデフレを理由に生活保護費を下げたわけだが、物価が上がった2008年を基準にしたのは間違いであるらしい。
全国29か所で裁判が起こされており、原告の訴えを認めたのは大阪地裁が初めてであるが、森鍵一という裁判長は大飯原発の運転差し止めも命令した判事で、ほかの裁判官とは違う判決を出しがちな変態裁判官なのだろう。

この判決について毎日新聞に次のような記事が掲載されていた。

【毎日新聞】「涙が止まらない」原告団に歓声 生活保護費減額「違法」判決 (2021/02/22)

この記事に大阪市在住の68歳の原告の話が紹介されていた。溶接工として働いていたが、26歳で椎間板ヘルニアを発症し、59歳でまた腰を悪くして働けなくなり、貯金がなくなったのですぐに生活保護を受けた。受給期間はおよそ10年だ。生活保護費は11万円で、国産の米は買えないので米国産米を買い、6枚切りの食パンを半分にして食べているという。ギリギリの生活で、支給日には500円程度しか残らないそうだ。

調べてみると、大阪市で68歳単身だと生活保護費の受給額は11万9790円だった。生活保護費は最低生活費のことで、生活扶助と住宅扶助からなる。大阪市の場合、生活扶助が月額7万9790円、住宅補助が4万円だ。
11万9790円を「約11万円」と報じるのはどうかと思うので12万円と考え、4万円のボロアパートに住んでいるとすると、毎月8万円で暮らさないといけない。年寄りひとりなら月8万円で生活できそうに思うが、最低限ギリギリの暮らしだからもっとくれてやれというのが大阪地裁の判断であるようだ。

まあ大変なのかも知れないが、「可哀相だからもっとあげるべきだ」と考える国民は多くないだろう。
生活保護を受けると医療費が無料になって病院に行き放題、薬を貰い放題だし、NHKの受信料は免除され、住民税、地方税、所得税、国民年金も支払う必要がなくなる。人によっては車や持ち家を所持できるが、自動車税や固定資産税も不要だ。月12万円より多い手取りだったとしても、医療費や税金等によって12万円より少ない額で毎月生活している人もいるのではないか。
どうも納得がいかない。

大阪市ではホームページで「市民の声」と紹介し、それに対する回答を行っている。そのなかにこんなものがあった。

【大阪市】生活保護費について (2020/12/01)

コロナ禍でマスクやら消毒液やらにお金がかかるのに、生活扶助を減額されることは飯を減らせと言われているのと同じだ。自分は糖尿病を抱えているのにバランスのいい食事が取れない。そのうえ1日2食にしたらなにを食えというのか。糖尿病が悪化したら医療費も多くかかる。また、自身に備えて準備をしろと言われているが、そんな金はない。

とまあこんな内容だ。文句しか言っていない。文面からすると人工透析を受けているわけでもなく、働けよと思わざるを得ない。働いて得た給料の何割分かは生活保護の支給額から減額されるが、それでも働かないよりは使える金が多くなる。だったら大阪市に四の五の言わずに働け。
働けない事情があるにしても、受給者からこれだけ文句を言われるのはなぜなのか。

よく公務員に対して「税金で食わせてやっている」という人がいるが、公務員からしたら「お前に食わせてもらっている意識なんかねえよ」というのがホンネだろうし、実際そうだろう。
だが生活保護受給者に関しては、私のような勤労者が収める税金で生活保護費が賄われているわけで、さまざまな事情があるにせよ、働かないか少ししか働かない人が大勢の勤労者から施しを受けており、食わせてもらっているのは間違いない。そういう人がこれだけ文句を垂れているのを見ると、受給額が少ないと文句を言う人より腹が立ってしまうのが正直なところだ。

生活保護受給者に優しい人たちは、よく欧米を引き合いに出す。GDPベースで考えると日本の3.8兆円の生活保護の予算は欧米諸国より割合として少なく、アメリカの3分の1程度しかない。だからもっと支出しろという。受給者を増やし、受給額も増やせというわけだ。「それが福祉だ」と言われても、納得し難いものがある。

日本の国家予算の一般会計総額は106兆円で、そのうち4兆円くらいが生活保護の予算だとすると、国家予算の3.8%くらいしかない。安倍内閣で670億円の削減が行われ、今回大阪地裁がそれをケシカランとして違法な判断としたわけだが、国家予算全体からすると影響の出やすさを考えればもっとほかに手を付けた方が早かったかも知れない。
ただ、生活保護予算が4兆円弱としても、防衛費が5兆円弱であることを考えると、めちゃくちゃ多く感じてしまう。「欧米の方が割合的には多い」とか言われても「知らんがな」としか言いようがない。

しかし、もしこの生活保護費の減額が本当に違法で、受給者が食うや食わずの生活を強いられているのだとするならば、支給額を増やすのではなく米と塩を支給したダメなのだろうか。大阪市に文句を垂れていたヤツは1日2食になんかしたくないと言っていた。私は減量のために1日2食みたいな生活をしており、なぜそれが受け入れ難いのか分からないが、腹いっぱい食いたいならとりあえず米を食っておけば必要な摂取カロリーは得られるだろう。バランスのいい食事は米の代金が浮いた分でどうにかすりゃいいし、そんなもんはてめえの心がけ次第だろう。

なんにしても、生活保護受給者の暮らしが憲法で生存権として定める最低限の暮らしにも達していないと裁判所が判断したことには驚いた。生活保護を受けて餓死した人なんかいないと思われ、だったら暮らせていると思うのだが、最低ラインを下回る生活を強いられていることになってしまった。
「彼らにもっと現金を」と言われて納得する国民がどれほどいるのか疑問だ。もしかするとこの気持ちは、収入の半分を所得税として取られる高所得者が抱いているであろう「オレが納めた税金で貧乏人を食わせてやっている」という感情に似ているのかも知れない。それは思い上がりかも知れないが、人としてはまあ普通の感情ではなかろうか。
自分が納めた金が使われるサービスを受けた人間が文句ばかり垂れているのを見れば、仏でもないかぎり誰でも腹が立つというものである。少なくとも私はそうである。それは私が狭量なのではなく、凡庸だからなのだろう。

このページのトップヘ