文春文庫から先月出版された「完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者」という本を読んだ。
この本は、数学(幾何学)上に幾つかある20世紀までに解かれなかった難問である「ポアンカレ予想」を解決した、ユダヤ系ロシア人の繰りゴリー・ペレルマンについて書かれた本だ。

ペレルマンは、天才にありがちなやや扱いにくい性格だった。ポアンカレ予想に取り組む前後から人間不信が酷くなり、最終的に彼の問題解決が世界の名だたる数学者が認め、フィールズ賞や賞金1億円のミレニアム賞の授与が決まったのだが、名誉ある賞を全て断り、賞金も受け取らず、世間に全く姿を見せずにロシアで隠遁生活を送っている。

正直なところ、本の内容としてはだいぶ退屈だった。サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」のように、本の題材として取り上げられる数学の問題が難しすぎること、解き方について何ら書かれていないこと、天才がひとりでやったことから、フェルマーの最終定理の証明に比べればドラマ性が低いのだ。

その上、ペレルマンが完全なる変人となり、人間不信になった本当の理由はもちろん、何が問題だったのかも分かりにくかった。
ただ、興味深かったのは、ペレルマンの人間不信に大きく拍車をかけたのは、ひとりの中国系アメリカ人と、ふたりの中国人であったことだ。

ペレルマンは、数学界にも不信感を抱きつつあったので、科学雑誌などにポアンカレ予想の解決に関する論文を掲載せず、ネット上で誰でも見られるarXiv(アーカイブ)と呼ばれるシステムに投稿した。
科学雑誌に論文を投稿すれば、数学者たちが何年もかけて査読し、論文の正しさが認められれば本誌に掲載される。
ネット上で公開した場合、投稿された論文に気が付いた数学者たちが、世界中の至るところで、その論文が正しいかを精査することになる。

ペレルマンの論文は、思ったほど長いものではなく、途中途中がかなり省略されていた。
ポアンカレ予想の難しさもあって、数学者たちの査読は数年がかりとなっていた。

そこにしゃしゃり出てきたのが、朱熹平と曹懐東という中国人数学者である。「亜洲数学」という中国の数学雑誌の2006年6月号に「我らこそポアンカレ予想の完全な証明を行った」と言わんばかりに論文を掲載したのだ。
その論文のアブストラクトには、「不完全であったペレルマンの証明には致命的欠陥があったので、自分たちが完全なる証明を行った」とあった。

数学の論文の世界では、少しでも間違いがある証明をしても意味がなく、最終的に何ら瑕疵のない証明を行った者が真の証明者となる。
だから、朱熹平と曹懐東は、自分たちがポアンカレ予想を証明した人間であると主張した。

それだけだったらまだよかったのだが、ハーバード大教授で、アメリカと中国の数学界に大きな影響力を持つ中国系アメリカ人の丘成桐が出てきた。
大物数学者の丘成桐が朱熹平と曹懐東の主張を後押ししたのだ。

ペレルマンを否定した朱熹平と曹懐東は、丘成桐から指導を受けていた。朱熹平と曹懐東は、これまでにポアンカレ予想に関連する論文を1本も書いていなかった。さらには、ミレニアム賞を主催するクレイ研究所のセミナーやワークショップにも一度も顔を出したことがなかった。また、丘成桐は朱熹平と曹懐東が論文を発表した「亜洲数学」の編集人でもあった。

丘成桐は、朱熹平と曹懐東の主張の正しさに太鼓判を押し、ペレルマンの論文には欠陥がある可能性をほのめかしていた。

朱熹平と曹懐東は、主要な数学者の会議の直前に論文を発表し、物議を醸した。朱熹平と曹懐東は、ペレルマンから賞を横取りし、名声を得て、あわよくばミレニアム賞の賞金などもせしめようとしていたのだ。

結局のところ、最終的には朱熹平と曹懐東の論文に、ほかのポアンカレ予想に関する論文から、参考文献として紹介せずに、論文の文章をまるまるコピーした箇所が見つかるなど、次々と問題が明らかになった。
現在に至っては、「ペレルマンの論文で省略された箇所を解説した論文」という程度の扱いになっている。ペレルマンを否定したアブストラクトも書き換えられている。

この件以外にも、ペレルマンが数学界の最高の栄誉であるフィールズ賞を辞退したり、100万ドルの受け取りを拒否するほどの人間不信になる理由が幾らかあるのだが、ペレルマンの人間不信が加速した大きな理由が、丘成桐が教え子の中国人を持ち上げ、ペレルマンを蹴落とそうとしたことにあるといわれている。

このことについて書かれた本の章のタイトルは「憤怒」だ。ペレルマンは数学界や数学者に対していろいろ起こるわけだが、もっとも大きく起こらせたのが、中国人なのである。

中華民族の根本である泥棒根性は、世界中のいろんなところで見られる。これはひとえに、中国人が厚顔無恥であるからだろう。とりあえずむちゃくちゃ言ってみて、自分の主張が通ればラッキー。通らなくても気にしない。
まさか、数学の世界でも、中国人の恐ろしさが見られるとは思わなかった。